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2018年03月10日

BARの夜話「品川のバーの母親と女の子」

数年前の話だ。予約したのが遅かったのでホテルはどこも満室だったが、運よく一軒、見つかった。このホテルは品川にあって、もともとは某航空会社系のハイレンジモデルとして誕生したせいか、今回も外国人が目立った。26階のフロント階のエレベーターを降りると、5~6層を吹き抜けた巨大なアトリウム空間が広がる。その真ん中にメインダイニングと、BARがある。BARまでは人工池の上のガラス製の橋を20mほど進むことになる。以前に泊まった時、このBARの「マティーニ」の品揃えが素晴らしくて、機会があったらまた使ってみたいホテルだった。そのときの分厚いマティーニ専用メニューブックのことは良く覚えている。新宿で話題のフィンガーフード(手づかみで食べるレストラン)に「失敗」したその夜は、そんな楽しい気分でもなかったので、寝る前に、いつものジントニックで一息ついていた。カウンターでモヒートを作るバーマンの所作が美しくて見とれていたとき、横のテーブルに親子(母親と小さな女の子)が座っていることに気付いた。BAR特有の薄暗い照明の下で、母親は静かに本を読み、ときどき携帯を触っていた。幼稚園児くらいの女の子は、小さなぬいぐるみで遊んでいた。ホテルオリジナルのぬいぐるみだ。BARの楽しみのひとつは人間観察だ、少し考えてみよう。時刻はもう23時、幼稚園児はもうとっくにベッドの時間だ。この、ほとんど無言の親子の表情。ときどき携帯を触る母親のしぐさ。ぬいぐるみを立てたり座らせたりする女の子の横顔。どれも気になって仕方ない。観察はやがて妄想になり映像のシーンが浮かんでくる。離婚して3年、仕事で遅れた父親が、汗を拭きながら登場するシーン。結局、約束の場所にやってこない昔の恋人の横顔を思い出すシーン。・・・などなど勝手に妄想している自分に、笑ってしまった。都会のBARには、都会らしい「物語」があるのだろう。マスカレードホテルを読んだ直後の僕は、小説の中の登場人物に影響されたに違いない。

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