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2019年01月18日

伏見のにしん蕎麦

京都が好きなので、ときどき行きたくなる。まだ20代の若い頃からだから何回行ったか数えきれない。誰もがそうであるように、最初は観光地や有名な神社仏閣を順に歩いていた。いつも、急に思い立って出かけるような、無計画な旅ばかりだった。お金に余裕もないから、宿泊することもなく食べ物にも無頓着で、仏像や美術品を楽しんでいた。無計画だから、目的地はいつも一か所だけで、そこを堪能するのが流儀だった。当時の京都は、どこも静かで、のんびりしていた記憶しかない。

大人の京都、を意識するようになってからは、桜か紅葉のいずれかを観ようと決めて、毎年のように訪れるようになった。しかし、そんな時期の京都は、どこも混雑していて、渋滞もひどい。もちろんホテルなどは空いていないから、当たり前のように日帰りの小さな旅だった。京都の出身者たちとの交流が増えてからは、ディープな情報も知るようになり、若い頃とは違う楽しみ方ができるようになった。食べ物や普段の暮らしや文化にも興味を持つようになっていった。だから街歩きができるようになった。最近は京都にいると、27期の大人の修学旅行「京都編」のことが頭から離れないようになってしまった(笑)。いつも皆んなが笑顔になれる企画のアイデアを探している。

もちろん、まだ行ってない「有名どころ」がいくつかあるので、若い頃に戻って、また順に訪ねようと思っている。最近はインバウンドも急増していて、有名どころは多言語の世界になっている(笑)、抵抗はあるが、それが京都だと思うことにしている。前回は宇治へ行った。平等院鳳凰堂が目的地だったのだが、一番印象に残っているのは、なぜか境内の見事に咲いた藤の花だったりする(笑)。そして今回は伏見だ、伏見稲荷は訪ねたことがなかった。

年の瀬の伏見稲荷は初詣の準備が整っていて、巨大なパネルスクリーンでPR映像を流していたり、たくさんの屋台が参道に並んでいたりと、不思議な感じだった。有名な赤い鳥居のトンネルを歩き、一日早い初詣を済ませ、近くの蕎麦屋を探して、並び、年越しそばを味わった。思い込みが強い僕は「にしん蕎麦」と決めていた。ずいぶん昔、清水寺の参道あたりで、初めて食べたことを思い出していた。今日は、山椒をかけすぎて、舌がピリピリする(笑)。もしかすると伏見稲荷の僕の記憶は、赤い鳥居ではなく、山椒かけすぎのにしん蕎麦になるのかもしれない。

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