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2019年03月22日

BARの夜話「その土地に暮らす覚悟」

良いホテルには、かならず良いBARがある。BARはホテルの格を示す指標でもある。それは日本宿「旅館」でも同様だ。食事が終わり、ひと息つきたくてBARを訪ねるとき、小さな旅の仕上げをするような気分になる。日本宿のBARは、ホテルのBARとは違って宿泊客しか利用できない。だから日本宿のBARはコンパクトで、内装やしつらえが凛としていて気持ちいい。なにより静かで、酒と一緒に、カウンターのスタッフとの、ささやかな会話を楽しむことができる。今回は、京都の日本宿の敷地のなかに、新しく開業した小さな小さなBARのお話。

この宿のBARは、庭の中の小径をしばらく歩いた先にあった。左手の石段を少し上がると、引き戸の小さな玄関が見える。ちょうど小雨が降っていて、玄関横の木々が濡れ、苔庭が水を含んで色鮮やかに輝いている。引き戸を開け、靴を脱いで床板の店内へ進む。静かだ。蔵を思わせるような空間だが、和モダンでシンプルに仕上げられている。左手には重厚で大きめのテーブルがあるが、バーカウンターはない。右手は、ゆったりとしたソファー席で、まるで寝そべるような自由さがあるように見える。
20代後半くらいの女性スタッフが、テーブル越しに笑顔で椅子を薦める。どうやら、この重厚なテーブルがバー・カウンターになるようだ。小さなメニューブックを開くと、ワインや日本酒が並んでいる。テーブルの一部にはゲームのボードが置いてある。バックギャモンだった。このBARのメニューは、ワイン、ウイスキー、地酒に絞られていた。カクテルなどはない。特に地酒がお薦めのようになっているのだが、知らない銘柄ばかりだ。ある意味で特殊なので尋ねたところ、彼女がゆっくり話し始めた。

驚いたことに、ここの地酒は全て、この若い彼女が自分の足で探して決めたのだという。地元・京都の小さな酒蔵を訪ね、杜氏や蔵人との交流を進めて選んでいった苦労談を楽しそうに語ってくれた。選んだ地酒の瓶を数本、テーブルに並べて、彼女の地酒物語が始まった。聞けば、彼女は石川県の加賀の出身なんだという。リゾート事業に魅力を感じ、新卒採用者としてこの会社に入社した。研修の後、配属先として希望したのが京都、つまり、この宿になった。そしてキャリアを積み、このBARの開業に携わったのだという。
面白いのは、配属が決まった社員は、その土地に暮らし、その土地を調べ、その土地の魅力を自ら掘り起こすのが、義務であり会社の教えなのだという。だから、ただ好きだから、というような上っ面な理由ではなく、土地に暮らし、愛する覚悟が必要なんです、と真顔で話してくれた。そうか、この地酒はどれも、彼女が愛する京都そのものなんだ。先ほどオーダーした白ワインを残したまま、彼女が愛した京都の地酒を追加注文することにした(笑)。伏見の酒蔵の映像が僕の記憶の棚からこぼれ出てきた。

良い宿には、かならず良いBARがある。ここは日本を代表する有名ホテルのオーセンティックなバーではない。技を磨いたバーマンたちが腕を振るう場所でもない。しかし、土地に暮らし、土地の人間になりきって、土地を愛する気持ちがこもったスタッフの、はにかんだ笑顔が魅力のBARなんだと思う。こんな夜は、もう少しだけ、ささやかな会話に酔いたいものだ。よいBARには、かならず物語がある。

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