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2026年02月06日

本の時間「魂の叫びが聞こえてくる一冊」

どういう巡りあわせなのか、この小説に出会ってしまった。米軍統治下の沖縄のハナシだった。出会ったとはいっても、まぁ僕の中にくすぶっている興味みたいなものが、そうさせるんだと思う。また沖縄?、と家人は呆れている笑。
映画化され、もうすぐ公開日だと知って、あわてて読み始めた。とにかく熱量が凄い本だった。もちろん小説だから創作の物語なのだが、随所に聞いたことがあるような事件(史実)が出てくるから、どんどんハマっていった。

物語の舞台は、沖縄戦直後から始まった米軍統治時代、つまり1952年から日本に復帰した1972年までの沖縄。まだ10代だった幼馴染の男女3人の20年間を描いたストーリー(3部構成)だ。ちなみに米軍統治下での呼称は沖縄ではなく「琉球」だったそうだ。
当時の沖縄の人たちの暮らしは貧しく過酷で、3人がそれぞれ選んだ道も苦難に満ちている。米軍基地の存在は、抑圧された人々にとっての悪の元凶のように描かれ、とにかく重くて暗い(まぁこれが史実ということだ)。
とてもここには書けないようなエピソードばかりで、悲しく辛く、怒りが沸き起こる。
でもときどき、作者はところどころにホッとするような沖縄弁の応援コメントを挿入して、読者を和ませてくれる。
あきさみよ~(あらまあ)に代表されるような、おおらかで呑気なほど明るく前向きな沖縄弁の語りが、辛い事件や絶望的な場面の緊張感から読者を救ってくれるのかな。沖縄民謡やカチャーシーも上手に使われていて、人々の束の間の笑顔が想像できたりする。

本編をいったん離れるが、僕は「コザ騒動」に引っかかった。物語の終盤に登場するのだが、どうしても史実が気になって、ちょっと調べてみることにした。
概要でいえば、場所は米軍施政下の沖縄のコザの繁華街(つまり基地の近く)、酒気帯び運転の米兵が住民をはねた交通事故が「きっかけ」となった地元民による騒乱だった。まだ返還前の1970年に起きた「戦後の沖縄を象徴する事件」と言われている。
それまでも米兵による事件は多発していたが、満足な捜査もなく被害者の住民はいつも泣き寝入りだったらしい。背景に米軍施政下での圧制や人権侵害に対する沖縄人の不満や怒りが鬱積していたようだ。
抗議する住民たちにMPが威嚇射撃をしたことで住民の怒りが爆発した。その時点で数百人規模になっていた群衆はMP車を放火し、近くの軍関係車両を横転させ放火、つまりその連鎖が始まった。最終的には5000人もの群衆が80台の軍関係の車両を焼き払った「一夜だけの事件」だ。
とはいえ、こんなに大規模で激しい乱闘事件なのに(不思議なことに)死者はいない。よくある略奪行為も発生していない。統率者もいない。ちなみに車両を道路中央に移動して放火したようで、建物への類焼は避けられたらしい。
これは住民の反乱ではなく、あくまで喧嘩に過ぎませんよ、という島人たちの知恵だったのかもしれない。小説同様に彼らは、どこまでもたくましかったに違いない。

これ以外にも、本編に出てきた事件はほぼ史実だった。発生時期で並べるとコザ騒動を引き起こした「鬱積した不満の爆発」という意味がよくわかってくる。ひどい話だ。
劣悪な環境だった沖縄刑務所の暴動も、米軍機の小学校墜落事故で多数の尊い命が失われたのも事実だった。ベトナム戦争中の米軍基地で起きた致死性VXガスのガス漏れ事故も、その後の大規模な毒ガス移動作戦で島民が一斉非難したことも事実だった。
戦果アギヤーも実在したし、困窮する人たちに無償で提供した例も事実らしい。密貿易もヤクザ(コザ派と那覇派)もすべて実在していた。確認できないが、貧困の現実とか、米軍関係者による卑劣な暴行やひき逃げ事件の顛末も、とても創作とは思えない。
もちろん本編は、実話そのものではなく実話を土台にした小説なのだろうが、知らない悲劇がこんなにあったことに驚くともに無関心を恥じたりする。

本作を読むと、1972年の本土復帰が当時の住民にとって嬉しいニュースだったかどうか分からなくなる。苦しみの根は深い。
少なくとも振興計画による社会資本の充実や観光施策によって個人収入が増加したのは間違いないようだが、今になっても基地は残っていて、小学校にはシェルターが設置され、頭上を米軍機が通るたびに避難する毎日なのだそうだ。
最後になるが、結局僕は映画版を観なかった。本作を読んだことで、逆に観たくなくなったのかもしれない。沖縄の史実の断片を、今の若者たちに知って欲しいという制作側の希望とは裏腹に、この映画はヒットしなかったようだ。なんだかなぁ。

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