たしかにバターには背徳感があるよね
世界で100万部突破した小説
昭和生まれだからなのか、昔から食べていたのはマーガリンだった。給食に出てきたからかなぁ。バターは健康に良くないと刷り込まれた世代だと思う。まぁ昔のバターは高級品?だったから買ってもらえなかっただけのような気もする。

でも今は、バターのブームらしい。バターは日々の家庭料理にも趣味のお菓子作りに必須だし、旅の土産コーナーにはバター系ばかりが並んでいる。
要するに、毎年のようにバター菓子のヒット商品が生まれるのだ。次々に登場するバターサンドはこんな僕でも食べてるくらいだ。
ある日のこと、お祝い返しが届いたので包装紙を開けたら、出てきたのは「エシレのクッキー缶」だった。ふたを開けると、あの濃厚なエシレバターの香りが立ちのぼる。もらった老夫婦は「ありがたや~」と歓喜する笑。
これを全部たべたら、すげーカロリーだろうなぁ。だからもちろん、ていねいに食べている。1日1枚の贅沢ってことかな。実は食べるたびに本作を思い出してしまう。バターには背徳感が付きまとうのだ。

この小説を知ったのは、あの「ババヤガの夜」とほぼ同時だった。英タガー賞の最終選考に残った日本の書籍のもう一冊で、女性作家による作品という共通点があった。
なにより書店の店頭に大量に陳列されていた。黄色い表紙がずらり並ぶのも圧倒的な存在感だった。ちなみに、海外(英語圏)での評価が高いのが特徴らしい。
物語は、週刊誌の女性記者(主人公)が、獄中の女性容疑者(男たちの財産を奪い次々に殺害した容疑)への取材をするうちに、翻弄され影響され、自分にも様々な変化が現れる、そんなストーリーだ。
とはいえ、こんな昭和世代の爺さんが、書評めいたことを書いてはいけない。本作を読めば、そんなことをすぐに感じる。現代に生きる女性たちへの認識は、昭和爺さんのそれとは大きく乖離しているからだ。
たとえば僕は、あぶねえなぁと、ずっと主人公を心配していたに過ぎない笑。つまり、まだまだ僕はステレオタイプの女性像から抜け出せていない、と自覚するしかなくなる。爺さんには難しいのだ。

昔のたらこスパを作りたくなった
さて、本編には「バター」にまつわるハナシが多く出てくる。実在する店や料理だったりブランドだったり色々ある。バターは何かの象徴(いわゆるメタファー)として扱われているようだ。だから知っているやつが出てくると、僕はついつい脱線気味になってしまう。
マウントをとる容疑者からは高級フレンチやすき焼きの名店などのハナシも出てくるのだが、面白いのはバターを使った料理のハナシだ。たとえば、エシレバターの醬油ごはん、ガーリックバターライス、銀座ウエストのバターケーキ、塩バターラーメン・・・そんなやつだ。
そんななかに、主人公がふと食べたくなって作り始めた「バターと明太子のパスタ」がある。読んでいて、僕も作りたくなってしまった。僕にとっては若い頃(20代の半ばかな)の懐かしいメニューってことかな。
ただし、僕の思い出の商品名は「たらことバターの和風スパゲッティ」だ。当時はパスタなんて洒落た呼び名はなかった。いわゆる和風スパゲッティというジャンルがブームだった時代だ。たしか下北沢の専門店で出会ったメニューだと思う。

まずは刻んだ大葉を多めに用意する。たらこはほぐして、できれば刺身用のイカの細切りがあればいい。たっぷりの湯に塩は弱め、茹でたスパゲッティが熱々のうちにボウルにとって、たっぷりのバターと具材を放り込む。そしてぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる。
バターが解けて馴染んできて、たらことイカの表面がやや白くなったらOK。最後に大葉を入れて軽く合わせれば出来上がりだ。できれば炙った海苔をパラパラ乗せれば完璧かな。
もちろん熱々が旨いのだが、温度が下がってくると、なぜかバターが存在を主張し始めて濃厚な口当たりが楽しめる。そんなシンプルなスパゲッティだ。上の写真はイメージ画像だが、うん、こんな感じだ、そそられるなぁ。

ある日のこと、本作のことを思い出した僕は、やっぱりこのスパゲッティを本気で食べたくなった笑。
冷蔵庫には残りものの「雪印バター」と「たらこ」があるから、なんとか作れそうだった。パスタ麺と烏賊と大葉を買い揃えて、いざ男の料理が始まった。
出来上がった懐かしの烏賊とたらこのスパゲッティはやはり旨かった。でも爺さんになった僕にはやっぱり重たいし、再びバターの背徳感が湧き上がる笑。
ちなみにその写真はない。仕上げに乗せた焼き海苔が多すぎて見た目が最悪なのだ(真っ黒の海苔まみれ)。こればっかりはイメージ写真のようにはいかないよね。









