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2021年10月08日

正座しながら読むエッセイ

定かではないのだが、最近になって、やたらとエッセイを買っていることに気付いた。まぁ無意識のうちのことなので、はっきりした理由はない。買っただけでまだ読んでない本もあって、本棚の整理を始めたらエッセイばかりだと気付いた。僕にとってはとても珍しい。
ずいぶん昔は、本を読むのがヘタクソで、有名作家の作品を買うなら短編集やエッセイばかりだった時期がある。読みたいときだけ、時間があるときだけ読んで、飽きれば途中で止める、というのがその理由だったと思う。齢を重ねて、ちゃんと小説を楽しめるようになったのはずいぶん後年のことで、それと並行して、エッセイを読む必要がなくなったのだろう。全く買わなくなっていた。
そんな僕にとって、最近エッセイが気になる理由を、無理やり考えてみた。たぶんコロナとの暮らしに関係があるような気がしている。小説は虚構の世界を描くのだが、エッセイは普段の暮らしの中にある。閉塞感のある日常の暮らしの中で、エッセイストたちの「視点」や「処し方」、何より普段の些細なことを「楽しいことに転換する技」に、今の僕は興味があるのだと思う。

2021年7月、なぜ、今になって向〇邦子さんなのだろう。書店に平積みされた彼女の文庫本を手にして、少し不思議に思った。タイトルは「向〇邦子ベスト・エッセイ」という。
亡くなった小林亜星さんの報道が記憶に新しかったから、そんなタイミングで昔のやつが並んでいるのかなぁ、などと思った。寺内貫太郎一家のシナリオは彼女の手によるものだ。彼女は敏腕シナリオライターであり、大好きなエッセイストだった。もしかしたら、過去に読んだやつかもしれない、と確認したら、2020年第1刷発行とある。やっぱり新しい本なのだ。
後から知ったのだが、彼女が台湾の飛行機事故で亡くなったのは1981年のことで、本書は没後40年という節目の企画なのだそうだ。数ある彼女のエッセイの中から、実の妹さんが選者になって選んだ珠玉の作品(15編だったかな)を軸にして、出版社によって構成された文庫本オリジナルで、まさにベストエッセイ集だった。とにかく面白いのだ。

掲載された50編ほどのうちの何編かは、かつて読んだ記憶がある。薄い記憶だから、もしかすると飛ばすように「斜め読み」していたのかもしれない。でも不思議なことに、いま読むと、す~っと心にしみていく。当時とは全く違う感じだ。
彼女は僕たちのふた回りほど上の世代の人なのだが、当時としては周囲から「はるか先の未来」を歩く女性に見えたのかもしれない。憧れの大人だったに違いない。生きた時代は昭和なのに、その瑞々しさは時代を感じさせない。彼女のエッセイの魅力は、そのまま彼女の生き方、暮らし方、人生への処し方が興味深いからだと思う。まぁかつての若造のときと違って、僕も大人になったということだろう。
読んだ直後なのに、もう一度読み返したくなる作品がいくつかある(特に最後のやつはすごい)。そんな僕にとっての名作には、もう一人の僕のことが書かれている気がしてしまう。年齢も性別も違うのだが、きっと自分へのコンプレックスとか理想の自分を重ねているのかもしれない。だから、読みながら、ちょっと姿勢を正してしまう。まぁ僕にとっては、正座しながら読んでる感じだ(笑)。

読み終えた直後から、誰かに話したくて仕方がない(笑)。まぁいつもの高熱の風邪みたいなものだ。悪い癖だから仕方がないが、彼女の作品や関連本を読んでみたくなって、出版社のサイトなどを観てしまう。たぶん同級生の中にも、彼女のファンがいるのではないかと思う。僕の熱が冷めた頃に、ファンの話も聴いてみたい気がする。にわかファンは、一方的にしゃべりたいだけだから要注意だ、と自戒している。

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