旅館での溜息「著名人が奨める宿」
湯布院の話になると、倫敦屋のマスターは饒舌になる。しかも、かならず名物旅館「Kの井別荘」の話題に進み、熱弁をふるう。彼が敬愛する作家・山口瞳さんの定宿だったからだ。だから、本館2階の洋室に泊まったんだと言うと、怒られた(笑)。せっかくKの井別荘へ行ったのに、なんで「離れ」に泊まらないんだ。だって、予約した段階で、すでに空いているのは、その部屋しかなかったからだ。しょうがないじゃないか・・・・。そんなやりとりの思い出がある(笑)。かれこれ15年以上前の話だ。
ここは、古くは犬養毅、北原白秋、与謝野晶子など多くの文化人や著名人に愛された「もてなしの宿」だ。湯布院の代名詞といって差し支えないと思う。何年か前には、故・中村勘三郎の追悼番組でも、彼が愛し、家族で再三訪れた宿だと紹介されていた。今でも、数々の有名人のご贔屓なのは間違いない。当時の僕には、そんな文化人の知性も美意識もないし、そんな金銭的、精神的な余裕もなくて、この宿の魅力を理解するには力不足だった。ただ、宿と街が一体になって、旅人をもてなし、訪れた旅人が、宿を通じて湯布院を好きになる、という不思議なメカニズムに気付いていた。
日本各地に温泉街がある。日本人の旅が「団体旅行」の時代だったから、宿の主たちは積極的に投資して、鉄筋コンクリート〇階建て、大広間での大宴会、そしてミッドナイトの男の歓楽街へ・・・みたいな旅がもてはやされた。僕たちの地元の温泉街も、全盛期の頃は団体客が巨大な建物に吸い込まれていた。温泉街が「夜の街」だった時代だ。そんな時代に、湯布院が目指したものは違っていた。海外視察でモデルを見つけ、街全体が利用客を楽しませることを基本に、「昼の街」の表情を整えていった。街の魅力が先で、宿はその役割を変えていった。湯布院に通って、そんなことを実感していた。
金鱗湖という「朝もや」が似合う不思議な湖がある。そこへの散策路の途中にKの井別荘がある。その敷地の中に「鍵屋」という屋号のお土産物店?があり、有名なカフェもある。だから旅人は散歩の途中で、ふらりと立ち寄ることになる。ここはKの井別荘という「おもてなしの教科書」が作った寛ぎの場所だ。建物やインテリアにも、扱う商品やそのパッケージ、接客する人々、すべてに、湯布院物語を感じて、ほっとする時間が流れる。その横に、苔で覆われた存在感抜群な「門」があり、その先に宿泊客専用の小径が続く。敷地の中にはたくさんの人があふれていて、同時に門という結界の先に宿が静かに同居している。
「鍵屋」の柚子胡椒が旨い。湯布院へ行く人がいると、買ってきて、と頼みたくなる。鍋のシーズンになると、いつも柚子胡椒が気になり、鍵屋を、そしてKの井別荘を思い出す。
Kの井別荘 kamenoi-bessou.jp