遠い記憶「偽客と書いて・・・」
さくら、と書いたら、どんなアクセントで読むのだろう。アクセントの位置が違うと別の意味になるから日本語は面白い。寅さんの妹の「さくら」は、あたまの「さ」にアクセントがある。花見のときの「桜」はアクセントがなく平坦だし、桜丘と言うときも平坦だ。でも仲間の会話で桜丘のことを略して「さくら」というときは、なぜか最後の「ら」にアクセントがある。まぁ方言かもしれないな。
一方、「偽客」と書いて、これも「さくら」と読む。古くからの隠語だろうか。花見の桜とおなじ読み方だが、まったく別の意味になる。一般客や行列の中に紛れ込んで、盛り上げたり販売の後押しをするように雰囲気を作る「おとり」のことだ。広辞苑では「まわし者」と書いてある(笑)。いまの世の中では「いけないこと」なので、やる人はいないが、今でも複数のモニターを雇って、ある時刻に店頭に行ってもらえば「さくらの効果」を生むし、一般客のような服装で身内がデモンストレーションをすれば、企画の効果はさらに上がるだろう。
某ハンバーガー企業が行列を仕込んで話題にした、とか、某アイスクリーム店に行列がつくのは「さくら」が多いんだ、とか、とにかく疑惑になるように騒ぐやつがいる。どちらも、僕個人の体験談の中にあって、ハンバーガーの方は、大好きな復活メニューだから僕も並んだし、アイスクリームの方は、従業員がヘタクソで、作業に時間がかかって、商品提供が遅いだけだった(笑)。
さて本題は、妹「さくら」の兄の「寅さん」の方だ(笑)。日本アカデミー賞の授賞式にB賞千恵子さんを見つけた。優秀主演女優賞?の一人として、華やかなドレスをまとった人気女優たちと一緒の登壇だった。で、大学生の頃のちょっとした記憶がよみがえった。そういえば、いつだったか忘れたが「男はつらいよ・お帰り寅さん」が、ひっそり封切りされた。シリーズ50周年で通算50作品目なのだそうだ。もちろん僕はシリーズのファンではないし、映画館で観たこともない。観るのはテレビのやつくらいかな。
そんな映画なのだが、ある部分にだけ、妙に惹かれて、近親感を持っているところがある。それは「テキ屋の啖呵売(たんかばい)」のことだった。啖呵売(たんかばい)というのは、テキ屋(露天商)の寅さんが、祭りなどの路上で何かを売るときに使う、ある種の「口上」のひとつのスタイルだ。結構毛だらけ猫灰だらけ、尻の周りは〇〇〇。男は度胸で女は愛嬌、坊主はお経で〇〇〇。たいしたもんだよ蛙のしょんべん、見上げたもんだよ屋根屋の〇〇〇。などなど何種類もあるようだが、こう書けば知っている人がいるかもしれない。
映画では決して長いシーンではないのだが、寅さんのシゴトや世界観を語るのに欠かせない場面なのは間違いない。寅さんの独特の恰好(はらまきや雪駄、ジャケット)や啖呵売の口上は、ひとつのキャラクターとして、現代もどこかで生きているような気がする。
大学時代のある先輩が、寅さんの大ファンで、酒を飲むといつも、寅さん映画にまつわるハナシを自慢げに語っていたっけ。そんな先輩のことや、彼に教わった啖呵売のことを思い出していた。学園祭だったか寮祭だったか忘れたが、当時3年生だった先輩は、模擬店でのバナナ売りのときに、1年生の僕に、しつこく啖呵売の暗記を強要した(笑)。仕方なく、いくつか覚えた。
大変だったのは「バナナの叩き売り」の口上の方だ。こっちは啖呵売より、はるかに長文だった。結局、覚えられなかったか、下手だったからか、は忘れたが、実演販売と口上は先輩のシゴトで、僕はひたすら偽客(さくら)として行動することになった。「高いぞ安くしろ」とか「いいねぇ」とか客のフリをして、「買ったぁ」と合いの手を入れて、盛り上げていたのだと思う。少なくとも、そんな練習をさせられたことは覚えている。
その時の先輩のコスチュームは、寅さんの映画そのものだった気もする。横浜育ちのボンボンだったと思うが、体型だけはそっくりだったから、きっと似合っていただろう。ちなみに、この原稿をきっかけに、僕は再び「啖呵売」を調べてみた。動画などもたくさん出てきて遠い昔が蘇った。昭和の日本はこんなところが面白い。