本の時間「あの国でのサッカー観戦記」
あの国とその国の戦争は終わっておらず、いわゆる38度線という軍事境界線をはさんで休戦中なのだそうだ。38度線と呼んでいるが北緯38度線のことではなく実際には当時の戦闘の最前線のこと、つまり歪なラインらしい。あくまで国境ではなく軍事境界線なのだ。
当たり前だが、あの国のことはメディアで報道されることしか知らない。それは国際問題みたいな扱いだから、僕たちにとっては勝手で不気味な国のような印象に終始している。
日本人が知るのは発射された飛行物体のことや、統治者の言動、そして(国内向けの)プロパガンダ映像ばかりだから、もちろん国の実態は分からない。でもまぁ、知りたい国ではない存在、そんな感じだ。
ある日、ひょんなことから、あの国のハナシに触れる機会があった。好きな作家さんのエッセイに登場したのだ。
この作者がこんなジャンルのエッセイを書いているとは知らなかった。彼が直木賞を取った直後のこと、立ち寄った書店に彼のコーナーができていた。知っている小説ばかりなのだが、その中にこのエッセイを見つけた。もしかすると人気がなくて売れ残ってたやつかも、などと僕は意地悪く考えた。
手に取ると彼の「取材旅」をまとめた章、つまり旅のエッセイが多く収録されていた。もくじに並んでいるタイトルは、妙におちゃらけたものばかりで、彼らしいなぁ、という印象だった。
読んで初めて知ったのだが、彼は部類のサッカーフリークだった。しかもフットサルを愛好するような行動派だった。とてもスポーツをするような印象がないから、そんなギャップに驚いていた。
一部の原稿には「湯治と観戦」というシリーズ?もある。Jリーグの試合の観戦記なのだが、それが地方で開催されるJ2やJ3の試合だったり、その試合会場近くの温泉(まぁ温浴施設も含めて)とセットの滞在記だったり、まぁ何かとユニークな企画ばかりだった。これも、彼らしい気がする笑。でも僕が知らないような選手のプレイを見事に解説するので、ちょっとソンケイの眼差しを送ったりしていた。
そこにはバルセロナ編もある。いわゆるクラシコを堪能したのち温泉に向かい、スペイン料理も楽しむ話だ。ローマ時代から続くヨーロッパ屈指の温泉らしい。彼の視点は人と違っているから、とても面白いエッセイだ。
そんな文庫本の最後には「あの国」でのサッカーの試合(アウェイ戦)の観戦で訪れた平壌の話が収録されていた。前編後編で結構ボリュームのある内容だった。詳しくは書けないが、カタチで言えば旅行会社の観戦ツアーに参加する内容だ。書いてある内容から想像すると10年以上前のことで、あの国は2代目体制の終盤だったことになる(サムライブルーで言えばザックの頃かな)。
入国審査から始まって、市内観光、グルメ、ホテル、そして試合観戦、その後の観光の3泊4日。時系列でいえば誰もが想像するパッケージツアーだと思う。でも彼の視点やそのエピソードは、ちょっと意外な内容になっていた。
それは色んな場所で出会った現地の人たちとの接点(会話や観察)から彼が肌で感じ取った、ホントの姿ということだと思う。どんな体制下にあっても人は人なのだ。僕はとても興味深く読んだ。
あとがきに彼が書いている。友人たちにどうだったと聞かれ、楽しかった、美味しかったと話しても誰も信じないのだそうだ。いい話は「それは仕込みじゃないのか」などと反論されたらしい。ヒトは自分たちがこれまで蓄積してきた知識やイメージの方が正しいと考える、ということかな。
行った彼も、これを読んだ僕も、当初は同じだったに違いない。でも「旅」で出会う現実や真実は、そんな情報より大事なこと(価値)を教えてくれるんだと思う。
やっぱり旅は想像するものではなく、行ってみるものなのだ。僕も元気なうちに、彼が言うような「違和感を感じている場所」へと旅に出てみたいと思う、そんな1冊だった。