旅館という日本文化「T屋旅館」
台風22号が足早に縦断していった土曜日、ぼくは京都にいた。プライベートな旅だが「大人の修学旅行」のネタ探しも目的のひとつだ。京都はいつも日帰りだが、今回は珍しく宿泊した。宿泊したのは「T屋旅館」。家庭画報の常連として「〇〇の京都」みたいな特集には必ず登場する名旅館だ。18室しかない小さな宿だが、足を踏み入れた瞬間からある種の不思議が世界(スピリチュアルな美)に浸ることになる。最近ではアップルの故スティーブジョブズのお気に入りの宿として再び注目されている。いわゆる「その道の人」が使う宿なので、「いつかはクラウン」のノリで、以前から「還暦になったら」泊まってみたい宿だった。公式ホームページもなく、どこかの個人ブログで知るくらいしか情報がない謎の宿でもある。1704年創業というから300年以上の歴史があり、京都のど真ん中にあっても敷地内は静寂で、最初は小声で会話したほどだ。まるで重要文化財を思わせる数々の物品や「禅」の世界観を感じるような空間で、建物や内装、庭、しつらえもすべて本物だった。ちなみに部屋には、その日の全室の掛け軸の作者、流派、年代、特徴などをさりげなく一覧表にして置いてあった。専門家が口をそろえて絶賛するのは、この造作やしつらえだけでなく、掃除、手入れ、接客、料理など、それぞれプロの専門家たちが作り上げた宿だからだという。現在の11代目女将が、そこに抜群のセンスで「現代」をとりいれ、T屋旅館の「スピリチュアルな美」を作り上げたのだそうだ。時代とともに生きることが300年を支える、それが日本文化なのだと思う。古いだけでは続くはずもない。
ちなみに隣接するT屋旅館のギャラリーでは、使用している食器、カトラリー、寝具、ファブリック商品が売られている。T屋旅館ファンが喜ぶ「石鹸」も売られている。ここに行くと「T屋旅館の今」を楽しめる。宿泊客がみんな感動する「本物のわらび餅」も、併設のカフェで食べることができる。この日は昼頃に京都駅に着き、その足で宿に向かい、先に荷物を預け、散歩がてら近くに出来たばかりの「リッツカールトン京都」のカフェで軽いランチを楽しんだ。ホテルと日本旅館は別のものだが、このホテルは外国人の設計者がデザインした「日本の宿」なのだという。驚いたことに、ここの空間にも素晴らしい「京都」があり、上質な和の空気感を味わうことができる。そんな和空間で提供されるピエールエルメのマカロンもクラブハウスサンドも秀逸だった。大人の修学旅行「京都編第2弾」のマスタープランを練っているのだが、名所旧跡を巡る旅だけではなく、現代の京都を見直すような旅もいいかな、と考えるようになった。京都は日本一の観光地だが、日本一の美の都でもある。