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2018年04月06日

旅館の溜息「湯布院のクレソン」

福岡空港からレンタカーで湯布院へ向かった。ゴールデンウイークだったから高速道路はところどころ渋滞していた。旅の目的は観光ではなく「Tの湯」という宿に泊まることだった。今から15年ほど前の話だ。壊滅状態の加賀温泉とは裏腹に、湯布院温泉の活況は当時の業界では神話のように扱われていた。その象徴のように言われていたのが「Tの湯」だった。すでに独立していた僕にとっては、仕事上とても興味深い宿だったため無理して訪れることにした。
カーナビに従って湯布院のメインストリートに入ったのだが、人並みがすごくて車が前に進めない。まるで歩行者天国を逆走している感覚で、違反しているのかと焦ったほどだ。それほど大人気の温泉街だった。一本折れたところに「Tの湯」の小さな看板を見つけた。表通りの喧騒とは裏腹にとても静かだ。宿のスタッフに従って、敷地の中の小径をしばらく進むと、林の中に平屋の建物があった、Tの湯は木々の中にひっそり佇む控えめな宿だった。自然に見えるが、きちんと手入れされた中庭に面したテラス席で珈琲を飲みながらチェックインする。まるでリゾートホテルのようなスタートだ。しかし客室に入り、部屋着に着替えて風呂につかると「ああ日本旅館だ」と実感する。
夕食も個性的だった。二人では食べきれないほどの量の前菜がテーブルに並ぶ。全部ではなく、好きなものを好きな量だけ取って楽しむスタイルだった(笑)。「素朴な山里料理です」と謙遜しながら説明してくれるのだが、素材感があって、どれも美しい料理ばかりだ。終盤に出てくる代表料理は「鴨とクレソンの鍋」、こんなにクレソンが旨いとは思わなかった。何年たってもこの光景やクレソンの味が脳裏に浮かぶ。わずか1泊2日の滞在で、利用客をファンにする魔法に、心を揺さぶられた出来事だった。
感動した僕は、その翌年も懲りずにまた湯布院を訪ねることになる。Tの湯と並ぶ名旅館「Kの井別荘」を訪ねたのだ。そして感動し、興味が増幅して、また翌年も3つ目の名旅館「山荘M量塔」を訪れることになった。3年続けて訪ねることになる湯布院は、その後の僕のモノサシを大きく変えてしまうことにる。旅の目的が「ささやかな散策」や「宿でのくつろぎ」主力になったのは、このときからだ。ちなみに、この3つの宿は、その後「湯布院の御三家」と言われるようになる。

「Kの井別荘」「山荘M量塔」のお話は、また別の機会に。

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