舌の記憶「手づかみレストラン」
はじめて使うレストランは、それが話題の店や行列の店であっても、あまり期待しないことにしている。期待が高いまま来店すると、現実とのギャップに、しばしば落胆してしまうからだ。そこまで期待を下げても、がっかりすることは多い。今日は失敗のお話。
このシンガポール発のレストランは、新宿の東南口近くにある。シンガポールなのに、アメリカ南部ルイジアナ州スタイル?のレストラン、とのことなので、ややこしい話だ。オープン当時は、やたらとテレビで紹介されていた。店名は「Dンシング・クラブ」という。クラブは「CRAB」つまり「蟹」のことだ。店の内装は、倉庫を思わせるが、全面「黒」のスタイリッシュな空間だった。予約した席に案内され、若い女性スタッフにメニューの説明を受ける。なるほど、アメリカのレストランだ。コンボだ、プラッターだ、ケイジャンだ、と、シニアを悩ませるカタカナが並ぶ(笑)。
おすすめのミニコースを注文すると、「手洗い」に案内される。トイレではない、ホントに「手を洗う」ための巨大な、長いシンクだ。シンクに設置されている蛇口は、あの掃除機メーカー「ダイソン」製の高性能のものらしく、手で触れることなく洗え、強い温風のハンドドライヤー付きだ。手洗いの儀式が終わり、席に戻ると、四角形のテーブルは大きな「紙のテーブルクロス」で敷き詰められている。テーブルそのものが「皿」になるのだ、という。その上には、大きなハサミとか、蟹を割るペンチとか、エプロンが並んでいる。
最初に運ばれたのは、巨大な紙で包まれた「不二家のミルキー」みないな形のものだった。両側がひねってある、あの形だ。だけどサイズは巨大だ。テーブルの上で、ミルキー?が両側に引っ張られ、中から出てきたのは、なんとシーザーサラダだった。簡単に言えば、たった今、テーブルにシーザーサラダが、ぶちまけられた状態だ(笑)。これを「素手で食べる」のが、このレストランのスタイルだ。この「手づかみレストラン」は、サラダも手で食べるしかない。レタスは大ぶりなので、両手でちぎって食べるのだが、チーズやオイルでベトベトになる訳で、美味しいと考える暇はない(笑)。
メインの「シーフードのケイジャンソース」みたいな料理はもっとすごい。ウエイトレスが運んできたのは、大きな透明のビニール袋で、その中には、蟹やトウモロコシなどが、赤い液体とともに入っているようだ。一見すると、透明のごみ袋に生ごみが入っている様子に近い(驚)。このビニール袋の結び目を、テーブルの上でひっくり返す。中身が再び、テーブルにぶちまけられる。大きなハサミの蟹や海老、貝類とか野菜も、アツアツのトマトソースと一緒に、ドバっとテーブルに流れ出た。もう笑うしかない。そして、両手で持ち上げ、ハサミで切り、殻をむきながら、とにかく豪快に頬張っていく。北陸の冬の風景の中には、ずわいや香箱を手で口に運ぶこともあるのだが、ここの料理は、そんなムードではない。もっと豪快にワシワシ食べる感じだ。口の周りや、手の汚れ方はハンパない(笑)。
ちなみに、20時ちょうどになると、女性スタッフ全員が店の中央に集合する。照明と音楽が急に変わり、アップテンポに合わせて、女性スタッフ達が「ダンス」を始めた。笑顔も少なく、慣れていない様子だが、これが店名の「ダンシング」の意味だった。「美味しかったのか」という問いには、コメントに困る。失敗と言えば失敗に近い。しかし、サプライズを仕掛けるのなら、こんな面白いレストランはないと思う。でも僕の2回目は、たぶんやってこない。