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2020年10月16日

秋刀魚のための準備運動

去年の秋は、秋刀魚の塩焼きを食べていないかもしれない。少なくとも2年は食べてないことになる(笑)。季節外れの「解凍品」の秋刀魚はもちろん買う気になれない。やれ温暖化とか乱獲だからとか、いろいろ言われているが、季節の味が失われていくのは、残念なことだと思う。少なくとも秋刀魚の塩焼きは、僕の大好物だ。
秋刀魚は不思議な魚だ。ず~っと長い間、庶民の食卓を飾る代名詞のように扱われ続けている。だから、格があって料金の高い料理店の、コース料理の一品に加わることは、ほとんどない。正しく言えば、刺身や寿司のネタになることはあっても、塩焼きはないに等しい。昭和世代の僕たちの「秋刀魚の塩焼き」は、自宅の玄関先に七輪を出して、割烹着のお母さんがウチワを片手に、炭火の網の上で焼くようなイメージだろうか。夕べの食卓を囲む家族の笑顔の代名詞のような気がする。もちろんテレビによる記憶の刷り込みなのだろうが、アジやイワシでは絵にならないし、開きやシャケでは朝っぽい。めざしを焼くのは、少し貧乏な感じもしてしまう。僕たちの昭和は、そんな感じだ。

まだ若い頃、焼きたての秋刀魚の「見事な食べ方」を教えてもらったことがある(笑)。炉端をウリにする焼き魚の旨い居酒屋だったと思う。注文するのは「秋刀魚の塩焼き」、そしてたっぷりの「大根おろし」だ。秋刀魚の皿の横にポツンと乗せられた大根おろしではなく、単品のやつで量も多め、できれば「おろしたて」で水分をたっぷり残したやつがいい。スダチやカボスなどという、洒落たやつは不要だ。
秋刀魚は脂がのった太いやつで、皿の両端から頭と尻尾がはみ出すくらい立派なやつが旨い。脂がのっているから、テーブルに運ばれても、まだ表面の皮のあたりでジクジク音を立てている。ここから準備開始だ。素早く、尻尾を折って外す。さらに頭のすぐ後ろあたりに箸を使って切れ目を入れる。このとき絶対に背骨はちぎってはいけない。頭と背骨はつながったままだ(笑)。

そして胴の部分を軽く箸で押さえながら、頭をつまんでゆっくり横に引っ張ると、頭と一緒にスルスル背骨が抜けていく。すると、骨を抜いた秋刀魚の「胴体の塩焼き」が出来上がる。そいつに、さっきの大根おろしをたっぷり乗せて、醤油を回す。急げ急げ、大根おろしで冷めないうちに、箸で大きめに切り、ツユダクの大根おろしと一緒に口の中に放り込む。もちろん、多少の小骨のことなど無視して、奥歯でかみ砕く(笑)。焦げた秋刀魚の脂に、大根おろしの旨味、ワタの苦みが加わって、絶品の出来になる。あ~ビールが旨いぞ。
えっ?、それなら頭を尻尾を、最初から切ってから焼けばいいって?、いやいやそれじゃあ、つまらないんだよ(笑)。あえて面倒臭くやるのは、旨いものを旨いタイミングで食べるための準備運動なんだよね。それが、ホントの秋刀魚好きってやつなんだ。その店の大将が、そんなことを言っていた気がする(笑)。

暑い盛りのある日、きらきら輝く秋刀魚を見つけた。初物というフレーズに魅かれて、失敗覚悟で買ってみた。実に2年ぶりということになる。今日は塩焼きだ、とばかり家路を急いだ。とはいえ、焼いて皿に乗せた初物の秋刀魚は、めちゃ細いし薄っぺらい(笑)。まるで、メギスやししゃも、言ってしまえばペティナイフみたいだった。まぁ、あたりまえだが、失敗したのだ。で、結局、今年食べたのはそれっきりだ(笑)。

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