ピロピロピロの風が吹けば
普段の身近な暮らしの中に「電子音」がたくさんある。デフォルトのままのやつもあるし、使用者が選択できるようなものもある。単なる「音」も選べるし「メロディー」を選ぶこともある。当たり前だから違和感などない。そんな電子音に囲まれた生活だ。
冷蔵庫の扉を閉め忘れたら、台所からピー、ピー、と知らせてくれるし、電子音の違いによって、ああ、皿洗いが終わったとか、ごはんが炊けた、風呂が沸いた、と分かる仕組みだ。家の電話は、登録した番号なら、誰それさんからの電話ですと、「しゃべり」で教えてくれるようだ。スマホの着信音は多彩だし、最近のクルマは、警告音だけでなく、自動的に減速までする。まぁ便利な世の中なのだが、ちょっと気持ち悪さも感じたりする(笑)。
僕には、実は嫌いな電子音がひとつだけある。それは「ピロピロピロ」というやつだ。しかも、こいつはピロピロピロで「エリーゼのために」を悲しげに奏でる。聞いた途端に、あ~あ、とテンションが下がる。それは、トラウマになった事件を思い出すからだ。この電子音の発信元は、ファンヒーターだ。メーカーによっては、ピピピもあれば、ピーピーピーもあるのだが、僕の反応はどれも同じだ。ファンヒーターだと分かると、一気にやる気が失せる(笑)。
風が吹けば桶屋が儲かる、ということわざがある。風が吹くと土埃が舞う→、眼病で盲人が増える→、三味線の需要が増える→、猫の皮が必要で猫が減る→、鼠が増える→、鼠が桶をかじる→、桶が売れる、まぁそんな先人たちのストーリーらしい。僕にとってのピロピロピロは「風が吹く」ことで、結末は、惨劇を思い出して、気分が悪くなる、まぁそんなことだ。例えに無理があるが、そんな感じだ(笑)。
20代の終わりくらいだったと思う。その日は、買ったばかりの「フィッシャーマンセーター」を着ていた。本格派のやつで、当時の僕には高価な買い物だったと思う。で、そんな恰好をして、なぜか引っ越しの荷物運びをしていた。誰の引っ越しで、どうしてお気に入りのセーター姿だったのかは、全く覚えていない。覚えているシーンは、その荷物が「灯油」だったことから始まる。車高の高いトラックの荷台に、よっこらしょと、灯油を運び上げていた。
そのとき何が起こったのか分からないのだが、僕は頭のてっぺんから、大量の灯油をかぶってしまったのだ。大量の灯油は、僕の頭、顔面、セーター、ズボン、靴と、順に流れ落ちた(笑)。もちろん目は開けられないし、灯油を鼻から飲み込んで、ひどくむせたのは間違いない。で、当時の僕にとって一番ショックだったことは、そのセーターが死んだことだった。何度洗っても、灯油の臭いが落ちることはなく、型崩れして台無しになったのだ。もちろん、あの、鼻の中を流れた灯油の臭いと苦しさは、いまでも忘れない。
そんな惨劇(笑)を体験した僕は、灯油の補充という行為から、いつしか逃げるようになってしまった。まさに一種のトラウマなのだ(笑)。いまでも一人のときにピロピロピロが聞こえると、無視して放置し、室温が下がるまで我慢して、寒くなると、ようやく重い腰を上げる。灯油が床や土間にこぼれることに敏感だし、蓋は強く締めてしまう。もちろん、その後は、指の臭いが消えるまで何度も手を洗う(笑)。後年、それを告白してからは、家族に理解が生まれて助かっている。
そんなに嫌ならエアコンにすればいい。そう言われればその通りなのだが、実はエアコンにもちょっとした嫌な記憶があってね(笑)。さて今回は、そんな情けない僕の告白話だ。エアコンの「風が吹く」ハナシは、もっとカッコ悪い経験なので、とても書けない。