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2022年01月14日

温泉での溜息「仲居さんと接待さん」

何年か前のことだ。その年の正月は、金沢駅前の料理屋さんに集合した。県下の「有名な温泉旅館」が経営する店だ。僕の兄弟は4人いて、その兄弟の食事会(新年会)だった。4人にはそれぞれ伴侶がいて子どもがいる。その子供たちも順に結婚していくから、何年か前からは、その子ども(孫たち)も次々に参加するようになった。
お盆と正月の行事とはいえ、なにせ大人数になるから、かつては実家で出来ていたのが、外の会場を使うようになった。実はそんな会場選びはけっこう難問だ(笑)。正月の食事会だから、正月恒例の「お年玉」交歓会が始まる。子供たち(なぜか姪しかいない)はそれが目当てだから出席率も高い(笑)。
小さな孫には、現金の代わりに「おもちゃ」などを買ってきて、これまた交歓会になる。孫たちは、その場で包みを順に開けて歓声を上げ、一斉に遊び始める。個室や広間を走り回るし、畳の上にレゴやブロック、空き箱や破れた包装紙が散らばり、おもちゃの消防車やモデルカーの車輪を床や畳にこすりつけたりする。つまり、料理や食事どころではなくなる。もちろん、店にとっては大迷惑だ。料理を運ぶのも、出すのも大変で、畳や飾り物が壊れないかとハラハラすることになる。まぁ見ている僕もドキドキする(笑)。馴染みの店ならともかく、初めての店の場合は、気を使う。

こんなとき、対応が抜群にうまい接待さん(仲居さん)も、たまにいる。概ね僕たちと同じ年齢か、少し上の人だ。親に代わって「暴れる軍団」を誘導し、一緒に遊んでくれたりする。親は感謝しながら安心して食事できることになる。まぁ一種のプロの対応だ。
でも最近は、そんなケースは例外に等しくて、リーダー格のベテランの接待さん(仲居さん)から、露骨に嫌な顔をされることもしばしばだ。若いスタッフは無関心か、または笑って見ていることが多い。今回は、後者だった。中には孫たちに話しかける優しい接待さんもいたが、リーダー格に叱られていた。だから最年長のジイジ(僕)が、大きな声で孫たちを「叱るふり」をして、複数のバアバや母親たちがゴミを回収し、孫たちと遊び、事なきを得る(笑)。

僕は旅館や古い料理屋さんで接遇業務にあたる彼女たちことを、敬意をこめて「接待さん」と呼ぶ。仲居さんとは呼ばない。しかし、これらの呼び名はすでに死語で、業界的には「客室係」と呼ぶようになった。まぁ募集採用の際の共通用語みたいなものだ。僕の呼び方は禁止用語かもしれない。
この「接待さん」という呼び名は、前述の「有名な温泉旅館」の偉い人に教わった。もう30年ほど前のことだ。当時、仲居さんたちの待遇や意識を変えようとした旅館の方針だったようだ。たしかに、バックヤードを機械化したり、保育所を常備して遅くまで子供を預かったり、その温泉宿の努力はすごくて有名だった。何より「おもてなし」を磨くための細かな努力(勉強会や訓練)がいっぱいあったらしい。巨大で広い館内のあちこちにある生け花は、彼女たちの練習の発表の場だったようだ。今から思えば、仲居さんという呼び名は「古い時代の象徴」で、接待さんは「これからの新しい人材像」だったのかもしれない。

確かに大昔(僕たちが20代後半くらいかな)の、当時の温泉街の「仲居さん」は、団体で訪れる「男性客」が、多少羽目を外して遊ぶようにガイドするオバサンたちだった。今日も頼むね、などと言いながら年長者が「こころづけ」という現金を渡すことからすべてが始まる。
大広間での食事のときには、蟹酢をきれいに剥いてくれるし、酒をどんどん注いでくれる。もちろん自らグラスや盃を出してきて、一緒に酒を飲むのも当たり前だった。もちろん会話の途中にタイミングを見払って、酔った僕たちを「夜の繁華街」に連れ出そうと、ささやき作戦が始まるのも常識だった。
食事という一次会が終わると、場末のスナックや、なんとか小屋と呼ばれる、怪しい大人の世界への案内人に変身して、みんなが寝るまで付き合うものだった。もちろん一人いくらの紹介料が彼女たちの収入源だったのだろう。夜通し働く彼女たち(仲居さん)は、温泉街で生きるプロだった。
その後、バブルがはじけ、温泉地は様変わりした。家族や女性客が狙うターゲットになり、そんな昭和の男性向けのスタイルが消滅したのは間違いない。おもてなしの意味が大きく変わったのだ。

そんな時代の彼女たちは、もうすっかり引退しているはずだ。しかし今でも、たまに古い温泉宿に泊まるとき、ベテラン接待さんが担当に付くことがある。そんな時は、わざと横に招いてビールを勧めることがある。しかし、ビールは受けるが、膝の上にグラスを置くだけで、飲み干すことはない。つまり彼女はもう、昔流儀の仲居さんではないのだ。昔の温泉街の様子や、当時の噂話などを投げると、懐かしそうに昔話を聞かせてくれることもある。客の僕がジジイだからだろう。
ごちそうさま、後はこっちでやるから、離れていいよ、と、ねぎらいの言葉をかけると、笑って、「ありがとうございます、旦那さん」と応える。旦那さん、という言葉を聞くのは、もうこんな世界しか残っていないかな。

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さて、冒頭に書いた兄弟家族の新年会は、この2年ほど休止している。気付かなかったが、現役高校生の姪っ子はお年玉が集まらず、ショックだったらしい(笑)。なので今年は2年分を届けることにした。頑張れ受験生。

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