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2022年08月13日

旅館でのため息「さすがだなぁ、と感嘆する宿」

その宿は箱根の強羅(ごうら)にある。1万坪の敷地があるのに客室は40室ほど。名前はG羅花壇という日本旅館だ。僕にとっては「大人になったら泊まる宿」と決めてあったあこがれの宿のひとつだ。
仕事柄、滞在してみたい宿(旅館やホテル)は全国にたくさんあるのだが、総じて人気ある宿はシニア受けしない(笑)。つまり今の時代の憧れや贅沢感は、僕たちシニアのそれとは違うのだと思う。そんな「今どきの宿」は人気があって高い評価を受けるから、もちろん価格も高くなるのだが、利用客の年齢は意外なほど若い。まぁそんな宿の評価軸には年齢はあまり関係ない、とも言える。価値にはお金を使うし、何より情報が大事だという証拠だ。今の時代は、そんな価値や楽しさを装備して発信していないと埋もれてしまうのだと思う。
一方で、大人になったら、と書いたのは、僕が年齢や経験を重ねないと、本当の価値がわからないかもしれない、と思っている宿もあるからだ。でも、そんな宿は少ない。まぁ情報も少ない(笑)。だから還暦の頃から、そんな例外の宿をひとつひとつ訪ねることにしてきた。

京都の俵屋は300年、修善寺あさばは500年の歴史があるそうだ。たしかに長い時間と気の遠くなるような宿の(人間の)努力でしか作れない独特の美意識が存在していた。それに比べれば、この旅館の歴史は浅い(平成元年創業らしい)のだが、またたく間に日本一と称される名旅館になった。全国の業界人が訪れ、この宿の成功事例を学び、真似をしてきたのは間違いないと思う。だから猛烈に興味があったのだが、そんな簡単に泊まれるわけもなかった。
ランドスケープデザイン(ロケーションの活かし方)も、空間を大胆に活かした建物デザインも群を抜いていて、料理は抜群に旨い、そして宿全体のサービスの体制は、お手本といっていいくらいレベルが高い。値段もまぁ、ご想像通りだ(笑)。スタッフの年齢は若く、きびきびしていて、利用客の年齢も若い、そして何より女性客ばかりなのに驚かされた。建物の一部には老朽化している部分もあったのだが、一発でファンになったのは間違いない。

この日は大涌谷からロープウエイで山を降りてきた。途中の早雲山駅で電話して、ケーブルカーの出発時刻を伝えると、終点の強羅駅まで迎えに来るらしい。小さな強羅駅の、これまた小さなロータリーに、何やら不似合いなベンツのS500ロングボディー(しかも四駆)が停まっていて、横には羽織はかま姿の若いイケメン君が笑顔で立っていた(笑)。この宿の送迎車とドライバーだった。事前に知ったから電話してみたのだが、その違和感に笑うしかない。
歩いても5分くらいの距離を、悠々と走って広い敷地に入り、低い建屋の前に滑り込む。同じ羽織はかまのイケメン君たちが出迎え、エントランスを恭しく誘導する。すこし遅れて荷物を運ぶ彼は全力疾走している。けっこう体育会系なのだ(笑)。
フロント近くの眺望の良いソファーに案内され、こんどは和服姿の若い女性スタッフがおしぼりやお茶を出し、声をかけて会話に誘う。とはいえ、まだチェックイン時刻まで1時間ほどある。荷物を預けて美術館でも観てこようと思う、そんな会話にさっきのイケメン君が身を乗り出す。美術館まであの送迎車で送ってくれるのだ。もちろん終われば迎えにやってくる。まぁそんなこんなで僕たちは、今度は彫刻の森美術館の広いロータリーにベンツで乗りつけることになってしまった(笑)。こんなに目立つと分かっていれば辞退したんだけどな。

サービスの象徴は宿の女将だ。宿に戻ると、ロビーには着物姿の若い女性スタッフが笑顔で整列していた。ところが接遇するのは女将ただ一人だ。僕たちに声をかけ、会話の中で情報や希望を探り、ロビー周辺の主要な箇所を案内してくれる。ここには「柱廊」と呼ばれる100mほどの長い長い通路がある。山の斜面に沿って、空中に「柱の道」が続いているような造形で、その先に大浴場やスパの設備がある。スパは充実していて室内プールやフィットネス施設もあるようだ。入浴後は一番奥の「月見台」で風に吹かれて山の景色を楽しめるそうだ。
夜の料理は部屋食だった(今どきの人気宿では珍しい)。部屋は和室なのだが、テラス部分に椅子テーブルの食事部屋がある。記念日プランとして、大きな花が飾られ、お祝いメッセージが添えられていた。料理は驚くほど旨かった。使う器や盛り付けは完璧で、料理に添える掻敷(かいしき)の花や葉っぱの隅々にまで美意識が貫かれていた。部屋食だからと心配していたが、料理は熱々だったし、生ビールの泡まで完璧な出来だった。吸い物や煮焚き物を口に運ぶと、思わずうなった、感動する旨さだった。美味しい、そしてさすがだ。

チェックアウトする客を一組ごとに誘導して、エントランスで女将が一人で接遇して送り出すのが、ここのスタイルらしい。自然な会話を交わし、自らバッグを預かりシャッターを押す。横には昨日のベンツやBMWが3台ほど待機している(笑)。僕たちはタクシーで一気に箱根湯本まで向かうつもりだ。初日の「へしない旅」はもうコリゴリだし、あの仰々しい送迎車も勘弁してほしい(笑)。
実は料理のハナシも風呂やBARのハナシもたくさんあるのだが、ここでは送迎車のことばかりになってしまった。そんなハナシは、まぁまた別の機会にとっておこうと思う。ちなみにタクシーの運転手さんによると、箱根の高級宿の送迎車には、ベントレーとかマセラティのSUV(冬は四駆が必須)もあるらしい。どれもやっぱり、ここの真似なのだそうだ。どうやら、こんなことですら、今も先頭を走っている宿なのだ。
タクシーは箱根駅伝のルートに沿って、あっという間に山を降りた。さぁ今度は東京の雑踏が待っている。スイッチを日常モードに戻さないと。

この宿 gorakadan.com

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