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2022年08月21日

BARの夜話「2005年のカクテル」

このホテルには12のレストランがあるようだ。もちろん星付きの一流レストランもあるし、寿司カウンターとか、8席だけのタパスバー、カウンター9席だけのナポリピッツァなどもある。大きくても小さくても、それぞれが個性的で楽しく、いつも目移りする。しかし今回は、そんなレストランではなく、あえてBARの話をしたい。
ファンに愛される店、つまり「客がリピートする店」の接客は「前回の会話の続き」を楽しめることらしい。いつだったか読んだ本にそう書いてあった。今回はここのBARで蘇った、そんなデジャブのようなお話。

このBARは、日本橋のMンダリン東京37階のレストランフロアにある。何度か使ったことのある楽しいBARだ。一般客なら専用エレベーターで37階に上がり、そこでアテンドに迎えられ、好みのレストランへと案内される。そっちが本来の入り口だ。フロントフロアはその上の38階にあって、宿泊客は、そこからつづく派手な大階段で、37階に降りていくことができる。いわば第2の入り口なのだが、そこでもエスコートの黒服の女性が笑顔で迎えてくれる。
とは言うものの、階段下は、BARラウンジのど真ん中だ。ゆったりしたソファー席や、ハイチェアのテーブル席、そしてジャズの生演奏の横を通る。つまり、すべてのレストランへは、このBARラウンジを通って案内する、ということになる。面白いレイアウトだ。
BARで少し飲みたいんだ、という僕の希望に笑顔で応えて、部屋番号で名前を確認しながら、やさしく奥の窓辺のテーブルへ案内してくれた。夜景がきれいだ。テーブルの少し後方には、広東料理のレストランがあって、その入り口にはそこ専用のアテンドがある。こっちのアテンドの女性は絶世の美女で、深いスリットが入った深紅のチャイナドレス姿だ。思わず僕の視線がスリットに、いや美女に行ってしまう(笑)。見とれているうちに、BARの女性スタッフがオーダーを取りにやってきた。この女性は黒のスーツ姿で、もちろんスリットはない。

彼女もまずO島さま、と僕の名前で声をかけてくる。そしてなぜか、ホテルオリジナルのカクテル(日本橋という名前だ)の話を始めた。2005年の開業のときに作られたオリジナルカクテルらしく、なぜか熱心にお勧めしてくる。分厚いメニューをのぞくと、飲んでみたい酒があれもこれもとあって迷うのだが、熱心な彼女のお勧めに従ってみることにした。僕が初めてこのホテルを使ったのは、開業の2005年だ。なにか因縁めいたことを感じた。
今では名実ともに日本一のホテルなのだが、2005年の開業当時は浜松町から乗ったタクシーの運転手も、このホテルを知らないほど日本では無名だった。どんなホテルも開業時は大混乱するものだが、このホテルは当時からしっかりしていたように記憶している。
初めて使ったのも、こんな同じ季節だったと思う。そのときも、このBARを利用したのは間違いないが、何を飲んだのかは、もはや思い出せない。シングルモルトの可能性が高いが、もしかすると、そのカクテルも飲んだのかもしれない。だんだんそんな気がしてくるから不思議だ(笑)。
そういえば、ホテルのフロント係もエスコート係も、僕がこのホテルを開業のときから使っていることを知っていた(たぶんだが、利用履歴を確認するのだろう)。まさか、このBARのスタッフも?、いや、いくら何でもそんなことはないはずだ。

カクテル「日本橋」は、鮮やかな青緑色で、日本橋川を表現しているようだ。カクテルの上に添えてあるライムピール(ライムの皮を細く削った細工)は、日本橋の風景をイメージしているらしい。結構デコラティブなカクテルだが、飲めば美味しく、何故か懐かしい。
僕の思い出のカクテル?かもしれず、味のベースや色の秘密が知りたくなって、さっきのスタッフを捕まえて「このカクテルのレシピ」を尋ねることにした(笑)。ほどなく、女性スタッフから一枚のメモを受け取った。酔っぱらいの冗談のような希望に応えて、忙しいバーテンダーから、レシピを聞き出して必死に書いたレシピのメモなのだそうだ。

ここのトリュフバターのフライドポテトはホントに旨い。ついついアルコールも進んでしまった。そろそろ定番のジントニックで締めることにしよう。前回と違って、使うジンはリストの13種類から選ぶスタイルになっていた。中には日本産のクラフトジンも多く載っていて驚いていた。今っぽいな。
結局、スタッフに薦められて、ボタニストという銘柄を選んだ。アイラ唯一のジンだという。香り高くて優しいジンだった(アイラなのに優しいのだ笑)。でもなぜアイラ産を薦めるのだろう。アイラモルトが好きだ、と顔に書いてあるのだろうか。だんだん不思議が重なる。もしかしたら前回はアイラモルトの会話で盛り上がったかもしれない(笑)。使うトニックも選ぶことができるのだが、アレコレやりとりをしているうちに、何となくデジャブな気分になっていった。

部屋に戻ってくつろぎながら、彼女のレシピメモを読み返していた。これで「カクテル日本橋」は、ホントの思い出になるに違いない。彼女おすすめのジントニックの方も覚えた。ジンはボタニスト、トニックはフィーバーツリーだ。
もしかすると、今回がそうであるように、次回もこんな話題から接客が始まるのかもしれない。だとしたら、すごいBARなんだなぁ。

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