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2023年02月10日

サプライズというやつはね

冬になると湯船につかる時間が長くなって、ついつい温泉が恋しくなる。今回はある日のちょっとした温泉旅館でのできごとを書いてみようと思う。
10年ほど前のことだ。ある冬の日、車2台でその日の宿に到着した。まだ孫は一人も生まれていない頃、つまり娘二人が相次いで結婚した頃だ。僕と家内、長女と旦那さん、次女と新加入の旦那さんの3組6人の家族旅行だった。予約などの段取りは親の僕たち、そしてその計画に娘たち新米夫婦が乗るような、いつものパターンだった。
大規模なリニューアルをしたばかりの山代温泉のその宿は、一気に近代化されていた。でも玄関先やロビー周りのたたずまいは、以前の名旅館の風情、つまり古風で立派な門構え、贅を尽くした庭や茶室が残されて、それらが新築の現代美と見事に融合された景色になっていた。僕たち夫婦は古い時代から何度か使った宿なのだが、東京在住の新しい息子たちに、そんな石川県の現代的な側面も見せてやりたかった気もする。
ゆったりしたロビーのソファーで、ウエルカムスイーツやドリンクで一服していると、ほどなく宿のスタッフが声をかけてきた。あっちの席に座ってチェックイン手続きをするらしい。代表者の僕のシゴトだ、だからフロント横のソファーに移動した。

担当の彼女は、とても若くて、まるで新入社員研修のように緊張しているのがよく分かった。僕の真横に膝を折って名前を名乗る。その声は小さい笑。宿帳替わりの書類にサインして、その日の宿のイベントや周辺のおすすめスポットの提案を聞く。
練習通り、落ち着いてやればいい、僕はまるで優しいコーチのような気持ちで、一生懸命、彼女の説明や提案を聞いてあげた。そして、ひと通りの説明が終わった後、こんな会話のやりとりになった。
(宿の彼女)あのう、ご夕食のとき、ケーキをお出しするタイミングは、どういたしましょうか?。
(代表者の僕)えっ何?デザートのタイミングのこと?。
(笑顔の彼女)はい、お預かりするケーキのことでございます。
(??の僕)ケーキ?お預かりする??・・・、はは~ん笑笑、わかったよ・・・。
(??の彼女)・・・。
(笑う僕)きっとそれは、僕への誕生日ケーキのことだと思うよ。おそらく娘たちが電話で頼んだんでしょう笑。
(顔面蒼白の彼女)あっ、失礼いたしました。大変申し訳ございま・・
(かぶせて僕)きっと僕へのサプライズのはずだから、ここでは聴かなかったことにしよう。あとからそっと娘たちに確認してください。くれぐれも内緒ね。
(下を向く彼女)・・・。
要するに、娘たちのサプライズ計画を、こともあろうにターゲットの僕にバラしてしまったのだ。まぁ、新人の彼女にとっては大失態をやらかしたことになるのだが、もちろん僕が怒ったり残念がる訳はない。ある種の想定の範囲内というやつで、あいつら(娘たち)、こんなところで仕掛けてきやがったな、という感じだ笑。

娘たちの結婚が現実味を帯びてきた時期から、わが家の4人の家族旅行が明らかに増えていった。もちろん増やしたのは僕だ。送り出す父親の僕は何かを取り戻すように必死だった気もする笑。東京へ行ったときには必ず呼び出して何度も食事会をやった。もちろん「まだ彼氏」だった彼らも参加させる。
こんなときは、誕生日だとか、ホワイトデーだとか、とにかく名目を付けて「サプライズ」を用意した。僕はたぶんサプライズを仕掛けるのが好きなんだと思う。もちろん日程などにはこだわれないから、遅れたけど、とか、ちょっと早いけど、という感じだ。
予約するホテルやレストランの担当者たちは手慣れているので、いろんな「技」や「成功事例」を教えてくれる。事前に電話で打ち合わせすれば、当日は安心して見ていられる。どのみち娘たちは「今度はこうきたかぁ」と分かっていて、笑顔で感謝を返してくれる。
サプライズで有名な、あるレストランでのことだ。ターゲットの娘(長女)がトイレに立ったタイミングで、店のスタッフたちは素早くテーブルを片付け、真っ白のクロスに取り替えて、そこに薔薇の花びらを大量に使って舞台を整えた。
彼女が戻ってくると、照明が落ち、そこにバースデープレート(専用デザート)をうやうやしく運び、バースデーソングを静かに歌う笑。まぁ、明らかにやりすぎだ。派手すぎてちょっと引く。こんなことは彼氏(カレシ)の役割だから、やらかした父親は静かに反省している。

男性諸君、冷静になれば分かるはずだが、世の中にサプライズなどと言うものは存在しない。特にターゲットの女性たちは、実は、今か今かとそれを待っているのだ。その手の情報量や経験値、何よりその想像力は、男性には理解できないほどのハイレベルだ。
だから策に溺れず、照れずにやってしまえばいい。必要なのはちょっとした勇気、というより勢い、かなぁ。大事なのは驚かせることではなく、気持ちを伝えることだと思う。酒に酔った勢いで、新しい息子たちに、そんな講釈を垂れる面倒な義父だった笑。
さて、この晩、宿の夕食のときは何も起こらなかった。ケーキが登場したのは夜の客室だ。近くの酒屋で買ってきたワインをみんなで飲もうぜ、というタイミングだった。でも、出てきたケーキは僕の誕生日ではなく、僕と家内の結婚記念日のお祝いだった。なんだかなぁ。
まぁ僕の想像力も、所詮そんなものなのだ。

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