漫画雑誌に連載された小説
彼とは概ね月いちで珈琲を飲む。場所はいつも喫茶店だ。おっさん2人には特に決まった話題があるわけでもなく、いつも雑談ばかりに終始する。この日は、地区シリーズの先発がおそらくヨシノブになるらしいとか、そんな会話から始まった気がする。
趣味や興味は全く違うから、会話は片方がほぼ一方的にしゃべり、もう片方がほぼ聞き役だ。たとえば野球のハナシは「彼系の話題」ってことだから聞き役は僕の方だ。しゃべりが終われば役割が交代する。ようするに、おっさん2人の「他愛もないやりとり」の時間が流れていく。
この日の終盤は漫画雑誌のことで盛り上がった。みんながよく知るビッグコミックやオリジナルのことだ。これも彼系の話題なのだが、僕の順番になる前に時間切れでお開きとなった。またな、と言いながら店を出て別れた。
途切れた話題、つまり僕の漫画雑誌は「モーニング」のことだった。実は少し昔(15年ほど前かな)、この雑誌に「小説」が連載されていたらしいのだ。マンガではなく、有名作家さんの小説(文章)だ。
小説の主人公はシステムエンジニアの男性で、ある晩自宅で見知らぬ男に拘束され「勇気はあるか?」と脅される。実は、主人公の浮気を疑った妻が、その男を雇い、拷問させて、浮気を白状させるという、とてもとても怖いシーンから物語が始まる笑。
とはいえ、こんな状況下でも、その登場人物たちのセリフ回しには独自のユーモアがあって、とても楽しげな感じすらある。この作者のファンは、この辺りにグッとくるのだと思う。
あくまで僕が知る限りだが、この作者はしばしば物語の主人公を恐妻家として描く(ような気もする)。今回の奥さんは、ある意味でそのスケールやエピソードが半端ないのだ笑。
読んでいくと、登場人物だれもが胡散臭くて得体のしれない奴らばかりに思えてしまう。その会話劇の「荒唐無稽なやりとり」に、なぜか臨場感や妙なリアリティーがあるから、ついつい引き込まれていく笑。
最近の本だと思っていたら、この作者にとってはけっこう前の作品だった。僕が手にしているのは、いわゆる「新装版」というやつで昨年発刊されたものらしい。
図式すると(原作→)単行本→文庫本→新装本ということかな。文庫化のときに大きく書き直された部分があると書いてある。ファンにとっては、そのあたりにも興味を持ったに違いない。
実は、本作の初稿(原作)は前述の漫画雑誌「モーニング」に掲載された長編小説なのだそうだ(56回の長期連載)。
しかも、ちょうど同じ時期に発表された彼の代表作「ゴールデンスランバー」と、ほぼ同時に執筆されていたらしい。こっちは書下ろしらしいが、同時期に書かれた二卵性双生児のような作品だと作者も言っている。
まったく違う物語だが「得体のしれない巨大なチカラに翻弄される」という点で言えば、たしかに共通点もあるような気がする。
でも、ゴールデンスランバーが「逃げまくる話」とすれば、本作は「核心に挑んでいく話」という違いがあるかな。まぁどっちにしても、とても面白い。
喫茶店の目の前に座っていた彼が、僕の「小説のハナシ」に興味を持ったかどうかは微妙なところだ。もとより小説を読むヒトなのかどうかも分からない。でも、漫画雑誌については現役の読者らしいから、各誌の歴史?に詳しくて、熱く語ってくれたのではないかと思う。
あの日、時間切れで、彼に話せなかった話題なのだが、恐妻家のハナシでね、と言えば興味を持ったのだろうか。オトコはみんなその話題には弱いから、ね笑。