ショーンコネリーと丹波哲郎
ある日、ちょっと変なタイトルの小説に目がいった。まるで昔のプロレスラーとか、ちょっとダサい覆面ヒーローの名前みたいな感じかなぁ。そんな第一印象だった。僕のような昭和人間向けの、ウケ狙いのように思えて・・・だから手にすることはなかった。
しばらく後のこと、その続編も(つまり2冊が)横に並び始めた。あれっ?と思って立ち止まり、帯を眺めながらこの作者のことを思い出した。ずいぶん前だが、彼の作品をしばしば読んでいたからだ。どれもシリーズもので、病みつきになる面白さだった。
たしか作者は、ちょっと変わった経歴の持ち主だったはずだ。僕にとっては好きなタイプかな。なので「もしかしたら面白いのかも」と、結局手に取った。そのまま本作をググってみたら、これが意表を突く設定だった。
なんと本作は「パスティーシュ」というジャンルの小説らしい。パスティーシュは後述するが、ようするにイワン・フレミングが書いた007ジェームス・ボンドシリーズ(正典)の本格的な後継小説?なのだそうだ。ということはジェームスボンドが出てくることになる?。驚いた。
これは「007は二度死ぬ」の後日譚らしい
僕もそうだが、だぶん大多数の人にとって、007シリーズは映画のことだと思う(全部で25作かな)。とはいえ第1作「ドクター・ノー」は1962年の映画らしいから、観たのはたぶんテレビだ。
原作者がイワン・フレミングということは知っていても、原作を読んだという人は当然少ない気もする。もちろん僕も読んだことはない。映画についてもタイトルは何となく知っているが内容を覚えているはずもない。
覚えているのは、ショーンコネリー、ボンドガール、MI6、CIA、KGB、MとQ、そしてウオッカマティニかな笑。ちなみに小説の方はジェームス・ボンドシリーズと呼ぶらしい。
パスティーシュというのは、言ってしまえば「模倣」なのだが、映画版のことではなく小説の方のジャンルだ。正典作品(小説)の作風や文体、登場人物などの設定を引き継いで物語を構成する文学上の遊びをいうらしい。ミステリーではシャーロックホームズものが多くて、ひとつのジャンルになるほど多くの作品があるようだ。
本作は、この日本人作者が新たに書いたジェームス・ボンドシリーズということになる。読めば、これが単なるパクリではなく緻密で精巧な内容なのがすぐに理解できる。正典への真摯なリスペクトが随所に感じられる。
イワン・フレミング本人が残した本シリーズ(小説)は計12編だけなのだそうだ。どれから読んでもいいそうだが、第10作から12作だけは続けて読む方がいいようだ。物語のラストが次の冒頭につながっているから、らしい。
その第10作が「女王陛下の007」、11作は「007は二度死ぬ」、12作が遺作になった「黄金の銃をもつ男」だ。そして手元にある新しい小説は「007は二度死ぬ」の後日譚になっている。
ちなみに映画でお馴染みの「007は二度死ぬ」の舞台は日本だ。ショーンコネリー演じるジェームズボンド、出てくる日本側のトップ(公安調査庁長官)が「タイガー田中」で、それを演じたのは丹波哲郎さんだ。そういえばボンドガールも日本人だったね。
つまり新作本編のタイトル「タイガー田中」は、この役名なのだ。舞台となるのは1962年頃の日本、当時は東京オリンピック間近で混とんとしている頃かな。昭和っぽいタイトルだと思ったのは、作者が狙ったことかもしれない。
面白くて、ほぼ一気読みしてしまった。本作は田中長官ほか日本側の視点でストーリーが進むのだが、例によって詳細は書けない。でも、本作をスピーディーにリードするキャラクターの設定も見事だったし、当時の日本の正史も散りばめられていて、ちょっとした近代史のベンキョーにもなった笑。
ちなみに原作小説を知らない僕は、読み始めてふと思い立ち、ちょっと回り道をした。原作が気になって、第10作から12作の小説3作品のことをちょっと調べてみたのだ。もちろん入手できるのは簡単な「あらすじ」だけなのだが、結果的にそれがとてもよかった。新作は前後の正典につながっているのだ。
この日本人作家のリスペクトは徹底している。イワンフレミングの正典小説だけでなく、その映画も大切にしているようだ。
もちろん作品の楽しみ方は人それぞれだから、そんな面倒なことが必須だとは思わない。まぁこれは、僕のような007好きの昭和オヤジの読み方に過ぎないのだと思う。
続編はさらにヒートアップする。まるで新しい映画のようにボンドの活躍が描かれる。ショーンコネリーがまるでそこにいるような気がしてくる。アクションはもとより、ボンドのセリフ回しはやっぱり洒脱でカッコいい。もちろん声は若山弦蔵さんのそれを思い出す笑。
当たり前だが、タイトル通り田中長官もちゃんと登場する。映画に出ていた丹波哲郎さんの印象は薄いのだが、本作のそれはとても大事なパートになっている。
ちなみに、丹波哲郎さんは007映画の後にキイハンターにも出演した。そのキャラクターはタイガー田中の人物像を反映したらしい。本作を読むとき、あの帽子姿を思い出したりしてしまう。
それにしても、この日本人作家は凄いなぁ。読むと、1964年当時の様々な事象を思い出して不思議なリアリティーに包まれてしまう。僕のような昭和オヤジにおすすめなのは間違いないかな。