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2026年03月20日

何より美しく気持ちがいい蕎麦時間

古い住宅街の中の一軒家
初めて訪れたこの蕎麦屋を妙に気に入ってしまった。だから(悪い癖だが)ちょっとハナシが長くなる笑。

接客してくれた彼女はとてもチャーミングだった。
「あれこれ写真を撮ってもいいかい?」内装やしつらえに驚いてスマホを手にする僕の問いに、どうぞたくさん撮ってくださいと笑顔で応えた。
彼女は「なんなら私の推しはこれです」と、開いたままの襖をわざわざ閉めて、隠れていた見事な飾り格子を披露してくれたりする笑。
順に出てくる商品をテーブルに乗せるたび、彼女は使われている素材や食べ方などを、とても丁寧に説明してくれる。書いてしまえばどこにでもあるシーンにも思うが、彼女のそれは自然で、手抜きがなくて、とにかく楽しそうなのだ。
もしかしたら女将さんかと思ったら「いえいえただの従業員です」とのことだった。彼女はここが大好きで、まかないで食べる大将の蕎麦が美味しくて、とても幸せなのだそうだ。そんな彼女の接客は清々しくてとても気持ちがいい。

ここは、いわゆる一軒家の蕎麦店だ。場所は長田2丁目だと聞いてもピンと来なかったが、古い住宅街の狭い路地を進むと(普通の民家と一緒に並んで)ポツンと建っていた。
オープンして6年目らしいが今では金沢の蕎麦好きが口を揃える有名店だ。オープン以降どんどん有名になっていったから気になってはいたが、縁がなかった。行かなかったのは、僕の思い込みがあったからだ。
金沢では珍しく「戸隠蕎麦」をウリにした蕎麦店らしいが、いつの間にか完全予約制で蕎麦懐石?のコース(6000円?週末はさらにアップ?)しかない高級店になっていた。知った情報はそんな感じだったから、ちょっとタカビー(上から目線)で敷居の高い店なのかなぁ、と思っていたのだ。
今回行ってみたら、アラカルトで注文できる普通のスタイルに戻っていた。とはいえただの蕎麦屋ではなかった。独特の美意識や季節感、商品への真摯な姿勢が感じられてとても驚かされた。なるほど人気になる訳だと納得した。勝手な僕の想像を詫びるしかないかな笑。
▼この店のスライド画像8枚

電話予約すると、希望日の空いている時間帯を教えてくれるので、13:30の枠を取った。周囲は昔のままの狭い路地だから念のため徒歩で向かった(正解だった笑)。まずは建物の存在感が抜群だった。築100年の古民家をリフォームしたらしい。その軒先には戸隠を象徴する「そば玉」が飾られている。
暖簾をくぐって中に入ると、広い土間の中央に大きなテーブルがある。高い天井はスケルトンで古い梁の間から外の光が刺し込んでいた。いい感じだ。
こんなに広いのに、実はここは客席ではなく、単なるウエイティングスペースだった笑。どうやら先の格子戸の向こうが客室になっているらしい。定刻になると(前述の彼女が)笑顔で引き戸を開け案内してくれた。どこでも好きなテーブルを選んでいいらしい。
古民家だから部屋がいくつかあってとても広いのだが、客席(テーブル)はゆったり取ってある(つまり数組しか座れない)。たまたま一番奥の贅沢な個室が空いていたのでそこに陣取った。建具や障子、襖はクラシックだがイステーブルは現代的なデザイン家具で快適な空間だ。

初めての来店だから、いつも食べる定番品ばかりを注文した(老夫婦だけど案外たくさん食べる笑)。ようするに他店との違いを楽しむつもりだった。ところが、とても驚かされたのだ。どの商品も手が込んでいて店主のこだわり(真摯な姿勢かな)が随所に垣間見えた。とにかく商品が美しい。
だし巻きは輝いていて、びっくりするほど「だし」を含んでいた(ある工夫があるのだ)。鴨は、それはもう絶妙な火入れで口どけよく、しかも提供直前に網で炙ってあった。これは旨い。
食材にこだわっていることも分かった。つけとろは加賀丸芋、天ぷらには富山湾のほたるいか(解禁したばかりの新物)や天使の海老、ゆり根やアサツキ、さらにニワトコまで入っていた。まぁちょっとした感動ものの盛合せだ。指差しながら素材名を教えてくれるのだが、もうこれ以上覚えきれない笑。
▲▼食べた商品のスライド画像6枚

戸隠独特の盛り付け(ぼっちもり)の蕎麦は瑞々しくて麺線が美しかった。戸隠蕎麦は地名ブランドというよりむしろ、その地の暮らしや信仰(戸隠神社)、つまり古くからの文化を含めた存在らしい。もちろん使っているのは戸隠の在来種だ。その曳きたてを二八に整える。
二八蕎麦にこだわるのは、おそらく古(いにしえ)からの戸隠の流儀だと思う。でも不思議なくらいに清らかな蕎麦なのは間違いない。
この「ぼっちもり」というのは、ゆがいた蕎麦を5束に揃えて写真のように盛るスタイルで、実は麺の上に「水」が残ったままになっている。つまり乾かず、食べ終わるまで水分が保たれる知恵らしい。実は5束=5柱、つまり戸隠の5人の神々のことを指すという説もあるそうだ。
ちなみにこの店は新蕎麦の時期だけ十割蕎麦も提供するらしい。やっぱり蕎麦は十割だぜ、というフリークは11月まで待てばいい笑。

そば湯で仕上げるころ、他の客はいなくなって(たぶん閉店時刻だ)僕たちの部屋にはのんびりした時間が流れていた。さ~てと、珍しくデザートを食べてみようと思った。それを待つあいだ、空いた食器をを片付ける彼女との楽しい雑談が始まった。
ハナシはあっちこっちに跳ぶのだが、春から始まる1年の暦に沿って提供される「季節ごとの蕎麦」のハナシに僕は食いついた笑。こっちが喜ぶと彼女も嬉しそうに反応する。
県外客がとても多いのが特徴で、だからいつも忙しいらしいが、さすがにこの時期(冬のあいだ)は静かになるそうだ。僕たち夫婦が地元民だと知って、とても嬉しがっていた。地元の人たちに戸隠蕎麦のことやこの店のことをもっと知って欲しいそうだ。

最後に食べたのは「そばの香プリン」。固めのプリンに蕎麦茶のカラメル、そこに揚げた蕎麦の実が降ってある(その芳ばしさがアクセントになっている)。
会計を終えて帰るとき、厨房から白衣姿のご主人が出てきて名前を名乗り、ていねいに挨拶してくれた(まぁ来店のお礼かな)。彼女が「大将」と呼んでいたから、いかつい職人さんを想像していたのだが、現代的でさわやかな好青年だった笑。
もちろん彼女は、飛び切りの笑顔で深くおじぎしながら僕たちを送り出してくれた。たとえデザートは食べなくても、この二人の挨拶姿が、締めの一品であり、この店の象徴のような気がした。

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