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2026年05月02日

レトロな潮待ちの港・鞆の浦

春の瀬戸内ぶらり旅2026その1
バス停の数・32か所の謎
京都から新幹線のぞみで1時間17分、まずは福山駅で降りた。位置的に言えば広島県の一番東側、というより岡山県との県境あたりにある。今日はここから南下して、海沿いにある鞆の浦(とものうら)へと向かう。つまり鞆の浦も広島県の端っこだ。

Googleマップによれば交通機関は30分に1本しかない「路線バス」らしい。所要時間は35分となっているが、途中のバス停はなんと32か所もある。つまり、けっこう遠いんだなぁ笑。
そんなのんびりしたローカルバスの旅も面白そうだが、せっかち君はタクシーを選んだ。とはいえバスより3~4分程しか早くならない??。意味がよく分からないのだが、そんな謎を残したまま僕たちはタクシーに乗り込んだ。
旅人にとって、タクシーの運転手さんとの会話はとても楽しい。鞆の浦のおすすめスポットはもちろんだが、あの「崖の上のポニョ」に描かれた場所のことを詳しく教えてくれた。
例えばこの道は、リサ(宗助くんのママ)が大波(魚の形のあれ)を避けながら猛スピードで走った道だとか、この坂を上るとリサが勤める老人ホームがある(今あるのはケアセンターらしい)とか、なかなかハナシが細かい笑。

タクシーのゴールは鞆(とも)のバス停近くだった。車を降りた目の前には、どこか既視感のある静かな港の風景があった。とてもきれいでなぜか懐かしい。あぁあれがそうかな、向こうに見えるのが鞆の浦のシンボル「常夜灯」だ。
護岸には雁木(がんぎ)と呼ばれる階段状の船着き場がある。古くは船荷の運搬のための石段だが、干潮と満潮の差が2~3mあるらしく、こんな高さが必要だったそうだ。
鞆の浦は「潮待ちの港」として栄えてきたらしい。ここは瀬戸内の潮の分かれ目で、その満ち引きを待つ船が数多く集まったらしい。人が集まる場所は栄えるいうことかな。
狭い路地を抜けて、最初に向かったのは常夜灯がある護岸だ。少し広いスペースになっていて青い空と海風がとても気持ちいい。絵を描く人や、店先の椅子に座って居眠りするおっちゃんがいたりする笑。まぁそんなのどかな時間が流れている。
常夜灯の横の「いろは丸展示館」に入ってみた(すぐに出てきたけど笑)。蒸気船同士の衝突によって沈没した土佐海援隊側(坂本龍馬)が、巧みな交渉によって先方の紀州藩から莫大な補償金を得たというエピソードだ。その交渉場所が鞆の浦だということでできた施設ってことかな。
▲▼港の風景のスライドアルバム10枚

鞆の浦は江戸時代にタイムスリップしたような風情が残っていることが魅力なのだそうだ。たしかに、たくさんの路地が迷路のようになっていて面白い。さらに商店街?には、古~い店の中に新しいカフェも混在していて興味深かった。
気楽に飛び込んだレトロな喫茶店も面白かった。たぶん昔からの住まいの一部を改装した店だ。例えばトイレは、靴を脱いで奥の座敷に上がる(客席ではない)。さらに向こう側(庭側)の縁側に出ると、その左の端っこにある(まるで時代劇のシーンみたいだ)。たぶん自宅のトイレだから恐縮してしまう笑。
さらに路地を進むと、坂道や階段が多くなっていく。その先にある福禅寺・対潮楼(たいちょうろう)からは、近くの島(弁天島や仙酔島)の絶景が見下ろせた。とても美しい景色だった。
坂道を下っていくと、バス停に出た。福山駅行きのバスがもうすぐ来るようだ。帰路のタクシーを探すのも面倒臭いので、バスに乗ってみることにした。バスとタクシーの所要時間が変わらないという「謎」を解いてみたくなったのだ笑。
乗ってみると、その謎はだんだん分かってきた。
▲路地散歩のスライドアルバム10枚

バスはどこにでもあるサイズのそれだった。最初は2組しかいなかったが、定刻には15人位になっていた。みんな観光を終えた人たちのようだ。大柄の欧米人カップルが、あの狭い2人シートで窮屈そうに座っていたりする。
バス停は32か所もあるのだが、降りる人がいないとバスは停まらない。そしてバス停に乗る人が待っていないと、停まらずにどんどん走っていく、そんな仕組みだった。
もしかしたらと数えていたら、途中で乗ってきた人は6人しかいなかった。つまり、32か所のバス停があるのだが(降りる人も少ないから)このバスは無駄な停車はしないで、けっこうスイスイ走るってことだ笑。なるほど、所要時間がタクシーと変わらないのはそんなことなのだ。

こうして鞆の浦の散歩は無事に終了した。やっぱりローカルな旅は面白い。
この足で、次の目的地・尾道へ向かった。

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