BARの夜話「氷点下8℃のバーで飲むズブロッカ」
宿での食事はやめて外で食事することにした。なのにこの宿は、夕食の予約をしてあるレストランまで宿の車で送迎してくれるという。そんな宿の好意に甘えて送ってもらうことにした。食事を楽しんだ後にも、宿のスタッフがレストランまで笑顔で迎えに来てくれた(素晴らしいサービスだ)。宿まで歩くと15分くらいなのだろうが、外の気温はすでに氷点下で、酔っ払いの夜には殺人的な距離だ。帰りの車中の会話の結果、そのスタッフのお薦めで、宿のバーへ行くことにした。だが「屋外にあるバー?」なのだという。
宿のフロントから敷地内の森を進んで、暗い階段を上ったところにスケートリンクがある。リンクと言っても、自然の「池」を改造したもので冬の間だけ営業するようだ。そのスケートリンクは夕方クローズし、夜になると「バー」として再オープンするという。リンクの横にあるクラブハウスが、そのままバーになっていた。
暗い小径を歩いて来店する僕たちを見つけ、スタッフが外まで出てきて笑顔と白い息で誘導してくれる。店内には「薪ストーブ」がたかれ、温かくて、メガネのレンズがすぐに曇った。ストーブの真ん前に席を取り、ホットワインをオーダーした。クラブハウスの窓越しに観る夜のスケートリンクには少しだけ照明が当たっていて、とても幻想的だ。よく見ると、凍った池のほぼ中央に木々の小さな茂みがあり、そこにソファーとテーブルが置いてある。どうやらそれが「屋外のバー」の正体だった。おいおい、外は氷点下8℃だよ(涙)。
甘めのホットワイン(グリューワイン)で温まったので、外に出ることにした。池の中央まで約30m、そろりそろりと氷の上を歩いて席に着く。ソファーにはムートンが敷かれ、テーブルには「5種類のウオッカ」が瓶ごと並んでいる。横に置いてあるのはストレートグラスだけだ。
5種類のウオッカの中に「ズブロッカ」を見つけて、グラスに注ぎ、口に含んだ。バイソングラス(薬草)の個性的な香りと、ズブロッカ独特の懐かしい味が、胃袋まで到達し、かっと体が熱くなるのを感じた。ウオッカは飲み放題らしいが何杯も楽しめるほどの外気温ではない。氷上を駆け寄ったスタッフによれば、いまの気温はマイナス8℃だが、この時期なら温かい方なのだという。こっちは寒くて震えている。
ふたたび屋内に戻り、薪ストーブで焼くマシュマロを楽しんで、部屋に戻った。ズブロッカ片手に陽気に冬を楽しむ北欧の人々を想像しながら、部屋のテラスで白い息を吐いた。満月まであと二日の月が妙にきれいに見えた。