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2018年09月28日

舌の記憶「そそる道具箱」

彼が新しいスタイルの割烹を開いたらしい。ある日、専門誌で知った僕は、どうしても彼の料理が食べたくなって京都祇園へ向かった。4月頃のことだと思う。どうやら師匠の店を一軒、任されたようだ。彼を知ったのは、富山の奥座敷にあるデザインホテル「雅楽倶(がらく)」だ。不便な立地のそのホテルに、ある日、京都の「祇園Sさ木」が出店したと聞いて、とても驚いた。その料理長として赴任したのが、S々木氏の右腕のK田くんだった。富山の食材を巧みに使いながらも、祇園Sさ木の大胆で緻密な料理には、とても驚かされた。初めて利用したときに驚き、2回目には彼の大ファンになった。しかし3回目、そんな彼が京都に戻ったと聞いて、残念に思っていたのだった。

京都祇園の彼の店「楽味」は、カウンター10席ほどの小さな店だった。京都独特の習慣「おきまり3品」でスタートし、そののち好きな料理を順にオーダーするスタイルだ。滑川産ほたるいかと富山海老(ぼたん海老)の前菜からK田くん劇場が始まった。富山時代の名残だろうか。前菜が終わり、次は向付(刺身)というタイミングで、目の前のカウンターに、白木の道具箱がドーンと3つ並べられた。

中には丁寧に仕込まれた刺身類の食材が入っていた。どれもチカラがある面構えをしている。この中から好きな素材を選び、刺身にしてくれる趣向だ。身を出して甲羅に詰めた毛蟹は軽い酢の物で、とり貝やミル貝は炭で炙った刺身で、白海老は雲丹をたっぷり乗せた海苔の手巻きで、などなど欲張ってたくさんの素材を堪能した。

そして、次は焼き物揚げ物というタイミングで、別の道具箱が、再びドーンと並べられた。近江牛、琵琶湖の大鰻、地鶏、あわびなどが、どれも旨そうに注文を待っていた。とりわけ、すっぽんの唐揚げと大鰻の白焼きは想像以上の絶品だった。オーバーペースで満腹となったので最後の食事は辞退し、デザートで切り上げた。はじめてだと欲張ってしまうのは間違いない(笑)。彼とは富山時代の話や師匠の話などで盛り上がり、次は夏の「はも」を目当てに来ることを約束して店を出た。

彼との約束の夏は、クラス会、同窓会で流れたままになっている。大人の修学旅行「京都編」で祇園を歩いていた時、偶然、この店の前を通った。この店に一緒に行ってくれる仲間を募集したら、仲良しのI本くんが乗ってきた。いつになるかわからないが、男同士で京都の夜を語り合いたい店なのは間違いない。

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