本の時間「旅のハナシの品格」
金沢駅の券売機で買うのは、いつもきまって新幹線の往復自由席だ。だから全席指定の「かがやき」には乗れない笑。シゴトが終わる時刻はマチマチなので、帰路に乗り込む新幹線もマチマチだ。19時台とか20時台とか、ようするに次にやってくる新幹線に乗る。この時刻の富山駅の券売機は混むから、いつの間にか往復で買うようになった。
そもそも新幹線は冬の期間の僕の交通手段だった。ところが便利さに慣れてしまい、最近はこっちばっかりだ。
遅い時刻の富山~金沢だから本数で言えば「つるぎ」と「はくたか」は同数くらいなのだが、なぜか乗るのはいつも「はくたか」のような気もする。
こんな時間帯の自由席は概ねガラガラに空いているから、横にカバンやコートを置き、リクライニングを少し倒して、ちょっと行儀悪めに、ドサリと座る。メールやSNSをチェックしたあとは、前のポケットからあの無料雑誌(西Naviやトランヴェール)を取り出して、記事を読んだりする。
西NaviはJR西日本の、トランヴェールはJR東日本の新幹線車内誌らしい。つまり「旅の雑誌」として各地の歴史や文化を紹介しているってことかな。まぁ僕がよく読むのはトランヴェールの方だ。こっちの方が面白い。
ちなみに北陸新幹線を運営しているのは、東京から上越妙高間がJR東日本、上越妙高~敦賀間がJR西日本なのだそうだ。まぁ、どうでもいいハナシだが、車内誌が2種類あるのはそういう理由だと思う。
2月の終わり頃、旅の予定があった。行き先として選んだのは有名な観光地だったから、行くなら冬しかないなぁ、と考えた。たぶん春になったら観光客であふれてしまうからだ。
最近の旅は「行きたい」と思ったときに「よし行こう」と決めてしまうことが多い。こんな年齢だからかもしれないが、何かに「せかされて」いる気もする笑。
いつもの夫婦旅なら、のんびりムードで計画もアバウトなのだが、この旅の目的には仕事モードも強かったから、結構綿密に調べて準備していた。やりたいことがたくさんできたから、日程は2泊3日の予定だった。ホテルもそうだが、夜の食事先には「穴場」ばかりを選んでそれぞれ予約も入れてあった。
ところが、旅立つ2日前に親族の訃報が入って、すべてドタキャンすることになった。こればかりは仕方ないのだが、キャンセル料の大きさに驚く羽目になった。過度の計画のせいもある。まぁそんな突然の初体験だった。
この本は、その旅に持っていこうと思っていた1冊だ。内容とすれば「旅のエッセイ」かな。その旅はなくなってしまった訳だが、本は読んでしまうことにした。急な予定変更だから時間だけはたくさんできたからだ。
この本は、タイトルに興味を持ったし、見覚えがあるようにも感じた。そして何より作者に惹かれて買うことにした。有名な「深夜特急」の作者さんだからだ。当時のバックパッカーたちのバイブルとして大人気だったから、同級生の中にも読者がいるのかもしれない。
この代表作が海外編(アジア~ヨーロッパ)とすれば、今回買ったやつはいわば国内編だ。かつての作者の東北への旅(16歳のときの大冒険)の痕跡をなぞるような後年のみちのく旅とか、鎌倉や軽井沢など、僕にとっては既視感のある街歩きのハナシも出てくる。あぁ金沢もね。
出てくるのは、どれも「大人の旅」であり、旅での出会いやエピソードは、どれも大人の品格にあふれている。彼は僕たちより10歳ほど年長なのだが、読んでいると、僕もそんな風に身軽だけど品格がある大人旅をしてみたいなぁ、と素直にそう思う。
ひとつ印象深いのは、行きたいと思ったときに行くべきだ、というハナシだ。再びその旅ができるまでには、実は長い時間がかかってしまう、という彼の経験則かな。行きたいと思った「その時」に目に映る景色や気持ちと、時間が経ってからのそれは、実は大きく違うということだと思う。
僕の「よし行こう」という決断は、やっぱり大事なのだと勝手に納得している笑。
実は、この本は前述の新幹線車内誌トランヴェールに連載された旅のエッセイの文庫化だった。僕は読んでる途中でそのことを知るのだが、この「つばくろ」に見覚えがあったのはそういうことだった。連載は2022年に終わってしまったようだが、おそらく僕は何度か読んでいたはずだ。
そういえば、後年の彼が旅先として本編に書いているのは、いわゆるJR東日本のエリアということだ。彼のオシゴトとはいえ、読めば読者はそこへの興味が膨らむ。まぁオシゴトはオシゴトで構わないから、次回はJR西日本のお仕事を引き受けて欲しいと切に願うばかりだ。僕は元気なうちに西へ行きたい。