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2023年01月07日

旅館でのため息「追っかけの心理(前編)」

今回は、僕の大好きなシェフが繰り出す「料理」のお話。悪い癖だが好きなので話は少し長くなる笑。
・・・・・なので、まず前編のお話。
やっぱり彼の料理が好きなのだ。だから、また戻ってきた。僕の場合、それは好きなアーティストの作品展を観に行ったり、もしかするとコンサートに出かける気分に、どこか似ているかもしれない。展覧会やコンサートと違うのは「食べる」ことだ。でも食べながら、料理から、季節の山々や海の景色が浮かんだりする。そして音が聴こえたり、気温を感じることもある。ときには素材の畑の朝露や、森の中の湿気を感じたりする。
だからフレンチの名手である彼の「日本旅館の料理」という作品の中に隠された彼の「たくらみ」や「仕掛け」を探してみたくなる。
長く生きていると、世の中の美味しい料理に巡り会うことや、感動する店、もう一度食べたいと思わせる体験をすることもあるのだが、何度も食べたい会いたい、と思う料理人は、そうそういない。だから彼の料理を知ってから、僕はいまだに「追っかけ」をしている笑。
彼のことを書くのは、たしか何回かあったと思う。別のことを書きながら、彼のことに触れた内容だったかもしれない。でも今回は彼の「料理」のことだけを書こうと思う。今回は大作になってしまった笑。そんな内容なので、写真は、ほぼ料理ばかりのスライドアルバムで届けたい。

コース仕立ての「お品書き」は料理人からの「お手紙」だと思う。並ぶ商品の順番には意味があって、起承転結はもちろん、狙う驚きや笑顔や楽しみを随所に埋め込んだ、料理という「2時間ほどの旅」のガイドブックということもできる。彼の料理のお品書きには、漢字一文字のテーマと、使う食材である「魚介」などの名前が順に並ぶ、そんな独特のスタイルだ。日本を表現するために彼が選び、日本固有の海と大地の恵みに立ち向かっているように感じる。
今夜は「追っかけ」の僕が来ていることを、彼は知っているらしい。スタッフが楽しそうに、そう教えてくれた。覚えてくれていたようだ。
ここでは、お品書きと並んで、まるで一対のように、「飲み物」のコースもお薦めされている。いわゆるペアリングのコースだ。この日は「日本酒」のコースと「ワイン」のコースが用意されていた。僕は迷わずワインペアリングを選んだ。
ペアリングの1杯目は前菜に合わせたシャンパンなのだが、意表をついて、先にビールを注文した笑。ちょっとしたイタズラ勝負みたいなものかな。すると、ビールと一緒に、見事にアミューズを出してきた。お品書きにない別の1品だ。それは小さな「白子のフライ」だった。あの客はビールできたかぁ、なら「これでどうだ」と、つまり彼がボールを打ち返したように思えた。

生ビールとアミューズを終えて、彼の本来の1品目が始まる。お品書きでは「あんこう」だ。個室の扉から静かに入ってきたスタッフが持っているのは、棒にぶら下がっている「ちょうちん」だった??笑。
ふたつの「ちょうちん」がテーブルに並び、じゃばらをたたむと、ガラス皿に乗せた美しい料理が出てくる。あん肝の処理も火入れも抜群で、味を重ねる雲丹(うに)、焼いたメレンゲの食感、柚子のソースを添えてある。旨い。ここでようやく気付いた。「ちょうちん・あんこう」ってことだな、おいおい笑。意表を突かれて驚くとともに、笑うしかなかった。いや、これが彼の「たくらみ」なのだと思うと、やられた気がした。肩の力が一気に抜けた。
こうしてフレンチの名手による、新しい世界観「Nipponキュイジーヌ」のコースが始まった。

五つの意思、という名前の料理が、五つの「石」の上に乗っている。左から順に、酸味、塩味、苦味、辛味、甘味の「五つの味」の表現だ。スタッフが流れるようにコメントを添える。定番といえば定番だが、毎回内容が違うから、今日はどうくる?、と考えるとウキウキする。
5つはコース仕立てを表現していて、今夜の素材は、こはだ、ボルシチ、さんま、海老山椒、栗、そんな5品だった。小さな石に乗った小さな料理を、手で口に運ぶ。ひとつひとつが独立した料理だ。そして口の中で、順に五味を探していく。やはり今夜も楽しい。
次は「金目鯛」とある。紅白の千枚漬けでくるんだ金目鯛の昆布締めと、なんと桜肉(馬肉)だ。ふたつの複雑な旨味を引き出し、食感もアクセントとして楽しむ絶品だった。ワインが進む。
そして、お品書きの4品目に並んでいたのが「香箱蟹」だった。香箱蟹の地元の人間としては彼がテーマのひとつに選んでくれたことも嬉しいが、まずは、どんな料理に仕立てるのかの方に興味がわいていた。出てきたのは、香箱蟹の全てを詰め込んだ「フラン」だった。蟹身、内子などを味や食感を残して詰め込み、濃厚な味にまとめたフランの上に、蟹のスープをムースの泡にしてかけてある。形は茶碗蒸しに似ているが、食感はプリンのようにしっかりした滑らかさだ。フレンチ独特の見事な逸品だった。
・・・・・後編へ続く。

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