ホテルの時間「五つの石」
彼の料理は美しく、透明感があり、そして力強い。初めて食べた軽井沢で驚き、2度、3度と通ったが、その後、彼が今のホテルに移ったため、彼の料理を追っかけて、東京まで食べに行くことにした。彼の名前は「H田統之」、いま最も注目されるフレンチのシェフだ。彼のいるホテルは大手町にある。周辺は、場所柄から週末には誰も歩いていない、週末だけ静かな街に変貌する。だから都会の中の静寂感が味わえる。ホテルの名前は「Hのや東京」、今、何かと話題のホテルだ。見上げるほどの高さの壁が、スーッと横に開くと、一段高くなった場所で膝をついたホテルスタッフが客を迎える。ここは靴を脱いで中に入るホテルだ。つまり「日本旅館」の特徴を持った不思議なホテル、と言っていい。名前を告げると、エスコートするスタッフと一緒に、そのまま宿泊する階までエレベーターで上がることになる。各階に「お茶の間ラウンジ」というスペースがあり、目の前で点ててくれたお茶を楽しみながら、チェックインすることになる。部屋は決して広くはないが機能的でアイデアにあふれていて、ずーっとここにいたくなるような不思議な気分になる。夕食の予約時間にダイニングフロアに降りると、アテンドカウンターでスタッフが迎えてくれ、笑顔で個室に案内してくれた。スタッフのフレンドリーな態度にゆるんで、フレンチなのに、おもわず「ビール」と言ってしまう気軽さが、ここの魅力だ。さらに彼の料理の斬新さに引き込まれていく。お品書きにを開くと、順に「魚」の名前が並んでいることに気付く。料理名ではなく「魚の名前」だけだ。コースは前菜から始まった。きれいに並んだ小さな「五つの石」の上に、それぞれ五種類の前菜が乗っている。この5つが今日の料理の全体を表現しているのだという。その後出てくる彼の料理は、どれも美しく、サイズ感が抜群で、何より薫り高く、美味しい。いつものことながら見事だと思う。手品のように楽しい最後のデザートを楽しみながら、挨拶にきた彼と少し話しをした。東京だから仕入は築地だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。自分の目で見て、触った食材、それを大事に育て、扱う生産者、そんな厳選した食材だけで仕上げるらしい。ぶっきらぼうで笑わない彼が真面目に応えてくれた。トランプ大統領の娘イヴァンカが来日した時に使われたレストランの名前は、当初公開されていなかったが、彼女のインスタグラムの写真を見てすぐに分かった。写真に映っていた料理は、彼の代名詞になった、あの「五つの石(五種類の前菜)」の写真だった。
この写真の料理名は「ごまさば」