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2019年05月10日

ホテルの時間「音のない夜」

石垣島から高速フェリーで10分ほどで竹富島の港に着く。さらに港からシャトルバスでレセプションに向かう。目的地のホテルまでもうすぐだ。朝早くに出発したのに、今の時刻は15時、長い道のりだった。一般道からホテルの広大な敷地に入ると、高さ3mほどのジャングルだった。ジャングルの正体は「ギンネムの木」というらしい。戦時の混乱期に燃料などの目的で、人為的に植えられた外来種で、猛烈な繁殖力もあって島の大部分を埋め尽くしているのだという。未舗装のガタガタ道をしばらく走ると、この「ギンネムの木」のジャングルが開け、広い原っぱに出る。向こうの方に赤瓦の門が見え、ホテルのスタッフたちがきちんと腰を折ってシャトルバスを迎えてくれる。ここは竹富島で唯一のホテルだ。

滞在しているうちに理解するのだが、竹富島憲章という島の約束事が、このホテルの中にも徹底されていて、島の文化や自然を守り抜いている。だからホテルの敷地なのに、都会のものは何もない。白いサンゴ砂の小径、赤瓦の平屋の建物、琉球石灰岩を積み上げた石塀、そして咲き乱れる南国の花と緑。そして白い道にはゴミひとつ落ちていない。
宿泊するヴィラは、この竹富スタイルの民家そのもので、グック(石塀)に囲まれた白砂の中に独立して建っている。玄関もないから、縁側の横で靴を脱ぎ、ヨイショと室内に上がる(笑)。部屋への移動に使われるEVカートを運転するエスコートのエンリコ(イタリア人だった)が、色々なことを説明してくれた。

部屋でチェックインの手続きを済ませ、黒糖と島ハーブを使った「でっち羊羹」と、さんぴん茶のウエルカムスイーツを楽しんで、敷地内の散策に出かけた。敷地中央にシンボルのプールとレストラン棟があり、その周囲に48棟のヴィラが点在していた。建物はどれも同じに見えるが、屋根の上のシーサーが全て違う表情なのだという。たしかにそうだった。
長い散歩が終わってヴィラに戻った。部屋の中央に広いリビングがあり、そこに大きなバスタブがある。まるで大きなオブジェのように、むき出しで置いてあるのだが、これは、まぎれもなく風呂(バスタブ)だ。ここに湯をはり、部屋の前後の窓を開け、ゆっくり浸かると、竹富の夕風がスーっと通っていく。ぜいたくな時間を独り占めしたような気分になれる至福の瞬間だ。

音のない夜だ。敷地内なのに夜の景観を維持するために照明もごくわずかしかない。敷地内を歩くために懐中電灯が部屋に用意されていた(笑)。予約したレストランはフレンチだった。琉球キュイジーヌというコンセプトのコースは八重山の島野菜や食文化を表現しているらしい。島の食材には八重山の神々が宿るのだという。オオタニワタリという名前の野菜は、少しぬめりがあるのが特徴で、とてもおいしい。メインでの肉料理に使われた「豆腐よう」のソースは想像より遥かに濃厚で、心配した臭みもなく、滋味豊かな石垣牛に負けない存在感だった。
食事を楽しんだあとは、早めに部屋に戻ったのだが、テレビも時計もないので、時間の感覚がなくなる。ライブラリーで借りてきたCDをかけ、三線(さんしん)の音色に身を任せて、何もしない時間を楽しむのが、ここの流儀なのだと実感していた。この旅で、僕は本を2冊半読んだ。こんな旅は珍しい。
ここに吹く風は「ぱいかじ(南風)」という。日中は汗する人に安らぎを与え、夜には優しく流れて島時間を楽しませる。このホテルは、そんな「ぱいかじ」のような優しい宿だった。

Hのや竹富島 hoshinoya.com/taketomijima/ 

後日談だが、このホテルが来年の春に、沖縄本島の読谷村にも誕生するというニュースがリリースされた。同じ名前でも場所ごとにコンセプトが違い、どこを訪ねても心が癒される。沖縄本島の旅にも楽しみがひとつ加わった。

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