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2021年07月30日

ようやく会えたね

時刻はもうすぐ22時になる。こんなにゆっくりできるとは思っていなかった。まぁ食べ始めたのが20時半くらいだから、そんな時刻になるのは当たり前だな。来たときは満車で停める場所に困った駐車場は、もうガラガラだ。
この日、僕たちは「あるレストラン」で食事をしていた。美味しかったし楽しい時間だった。場所は、あのイオンモール白山の中、訪れたのはソフトオープン(近隣住民向けの先行オープン)の初日の夜だった。本営業が始まったら、むちゃくちゃ混雑するのは必至だから、今日くらいは何とかなるだろうと思ったのだが、現実は甘くない。着いたのは遅い時刻なのだが、モールの中は、まだまだ人だらけだった。

目的はレストランなのだが、せっかくだからと館内をアチコチ散歩することにした。おなかを減らすには持ってこいだ。1階から3階まで1時間ほどかけてぶらぶらした。最新型のモールはやはりどこも面白い。散歩の最後に向かったのが1階にある「グランシェフズキッチン」というエリアだった。高い天井の空間の真ん中に木々のパティオがあって、落ち着いた照明の通路に、有名なシェフたちの等身大の写真を看板にした専門店が並んでいる。営業時間はここだけ長くて、そのために専用の出入口がある。
さっきの人ごみや熱気がウソのように静かで品がいい。和食、フレンチ、イタリアン、中華の4店のレストランがあるのだが、ここだけ利用客が少ない(笑)。カジュアルな面もあるが、どうやら本格派レストランだけのエリアを作ったようだ。後から知るのだが、4店ともに昼も夜もコース料理のみで、その売価も4店同じだ。コースしかないことも知らず、値段にもちょっと驚いたが、ここが目的だから、そのまま入店した。目的地はこのイタリアンだ。

僕がこのイタリアン、というよりそのシェフを知ったのは、かれこれ15年ほど前のことだ。山形県の、しかも庄内という田舎(失礼だが当時はそう思っていた)に、ものすごい人気のイタリアンがあった。店名はアル〇ッチャーノという。庄内の食材(主に在来種や地物野菜)を巧みに使った独特のイタリア料理が人気のヒミツらしい。シェフの名前は奥〇政行さん。業界誌の写真の彼は畑の中にいて、地味な農家のおじさんに見えた(笑)。
ちなみに店名はイタリア語ではないようだ。土地の方言で「あるんだよね」という意味の「あるけっちゃのお」をカタカナで書いたものらしい。シェフの人柄や地域愛みたいなものを想像させた。その土地の固有の食材とか契約農家とか、都会ではなく地方の強さとか、そんな今なら常識になった指針を当時から掲げて、全国の地方に根ざす若きシェフたちに多大な影響を与えた人だと思う。独特の理論家で書籍もあるし、食の研究や若い後進の育成にも熱心なようだ。その後はテレビなどにも顔を出すようになり、有名になっていった。

当時、独立したばかりの僕は、この店に行きたかったが、やはり庄内は遠くて無理だった。後年、銀座にある山形県のアンテナショップの2階に出店したと知って訪ねたのだが、あまりの繁盛で店が荒れているように見えて断念したこともあった。だから、ここの出店を知ったときは驚いた。どうやらここは、彼が監修したライセンス店(店名がやや違う)で、直営とは違うようだが、真っ先に行って彼の料理を食べたくなったのだ。
接客はとても丁寧だった。みんなシェフの教え子のように奥〇先生(笑)の理念や理論を一生懸命説明してくれる。コースのメニューは「シェフの独特の世界観」を楽しむようになっているので、食べ方の提案があって何かと面倒くさい面もあるのだが、それが楽しい。地物野菜や食材をリスペクトして作られているのがよく分かる。例えば野菜は切り方によって味や香りの違いを出す。調味した野菜をソースのように肉や魚と一緒に口に含むと、口の中で料理が完成する。素材の特徴を突き詰めて到達する理想の味、どうやらそんなことらしい。確かに美味しさの深みが違う。

どうやら僕たちが最後の客だ。会計のとき、出てきた若いシェフたちに声を掛けられ、少し立ち話をした。彼らもきっと生徒さんたちなのかなぁ。彼らの受け答えの中に、師匠への尊敬や、料理への自信や誇りみたいなものがあって、それが伝わる。だからとても気持ちいい。奥〇さんはいないが生徒さんたちは立派に代役を果たした。
店の外に奥〇さんの写真パネルがある。その前で記念写真でも撮ろうかと思ったが、もちろんそんな恥ずかしいことはできない(笑)。「ようやく会えたね」と思いながら専用玄関から駐車場へ向かった。若い人たちのキラキラする眼を観るのは久しぶりだ。楽しい体験になった。
このエリア gc-kitchen.com
山形の店 alchecciano.com
銀座の店 sandandelo.theshop.jp

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