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2021年09月17日

南の島のシミの教訓

僕の右の目じりの横に大きな「シミ」がある。元々は若い頃に作ったシミだ。ハワイでのひどい日焼け跡、というよりむしろ「ヤケドの跡」だった。当時はそのシミのことを「オアフ島のシミ」と呼んでいた(笑)。そのシミの「カタチ」がオアフ島に似ているからと、そんな名前を付けて、会話でのウケ狙いに使っていたのだ。言ってしまえば、ただの台形(四角形)なのだが、ハワイの日焼け跡だから、ホノルルはここ、こっちがダイヤモンドヘッド、などと地図のように、笑いのネタに使っていた。若い頃の僕はそれくらいバカだったのだ。
年齢とともに、たくさんのシミが、どんどん出没するようになった。顔の反対側の左の頬には、いつの間にか大きなホクロが6つほど現れた。これもシミだ。7つあるなら北斗七星と命名しようとも考えたが、6つのままでは、うまくいかない(笑)。そして最近のこと、右のオアフ島は、だんだん輪郭がぼやけて面積が広がり、500円玉のサイズになってしまった。さらに中心には新たにホクロが3つ、並んで浮かんできたので、こいつにはオリオン座という名前を検討している。
この10年ほど、アレルギーによる湿疹と付き合ってきた。何かのきっかけがあると四肢に湿疹が広がるのだ。これがかゆくてたまらない。なので、ほぼ10年間、マスクマンを続けている(笑)。そのマスクの「ヒモ」がいけない。いつも左右の頬をこすって刺激するのだ。コロナのせいで最近は一日中マスク姿だ。だから急にシミが大きくなっていく。とまぁ、オッサンの思考回路には論理やヘリクツが必要なので、そんなことを考えている。単純に加齢と言えば、その通りだけど(笑)。

遠い昔のことだが、グアムの国際空港へ幼い娘たちを迎えに行ったことがある。10日間ほど先に滞在していた僕は、真っ黒に日焼けしていて、深夜の到着便から出てくる2歳頃の娘は、僕を父親と認識できず、泣いて逃げたことがある。家内も驚くくらいの黒さだったようだ。
色白のコンプレックスがあったと思う。当時のシゴトは夜の勤務だったこともあって、日焼けへのあこがれが強かったのは間違いない。グアムで日焼けするなど無謀なことで、周囲がみんな日焼け止めを塗ってゴルフやアクティビティーに参加するのに、僕は、ご丁寧にサンオイルを塗りまくって、焼きながら遊んでいた。真っ赤になって、しばらくすると黒くなって、皮がむけ始めてかゆくなる。そんなことはお構いなしに再びオイルを塗って、と毎日毎日遊んだ結果、わずか1週間ほどで、両目と歯が白いだけの、真っ黒が出来上がる(笑)。
そんな無頓着な行動は、何度か訪れたハワイでも繰り返された。それが長い年月を経て「シミ」となって甦るのだ。もちろん焼いていたのは国内でも同じなのだが、僕にとってはハワイの勲章のように自慢げにしていたのだろう。バカなやつだ。

年齢からくるカラダの不具合は、まるでタイムカプセルに似ている。因果応報ってやつかな(笑)。自分のカラダはひとつしかないのに、若い頃はついついムチャをしてしまう。通っている歯医者も整形外科も、皮膚科も眼科も、そんな痕跡への対症療法ばかりだ(笑)。そんな不具合は、直すものではなく、もはや付き合っていくしかない。顔中のシミは、もっともっと出てくるのだろう。一時はメガネのフレームを太くして目立たなくしようか(笑)、などとジタバタしたこともあったのだが、やめにした。
オアフ島という命名から始まった僕の「顔のお遊び」なのだが、今ではやや自虐的で、やけっぱちな感じだ(笑)。これからも顔の中に地図や星座をさがしてガックリするに違いない。
自分の顔をじっくり眺めると、深いシワが川や谷に見えてくる。眉間のシワが深いのは怒りん坊だった痕跡だ。そういえば、笑顔の代名詞「目じりのシワ」は見つからない。もっと笑う毎日にしないとダメなようだ(笑)。

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