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2021年12月10日

ホテルの時間「彼が好きだったホテル」

今回は、二つの古いホテルにまつわる思い出話だ(少し長い笑)。もう20年ほど前の遠い記憶なので、ホテルのことは、2軒ともあまり覚えていない(笑)。きっかけになったのは「彼」だ。それは、ある日の1本の電話から始まった。

スマホに電話着信があった。表示された登録名を見て驚いた。ほぼ10年ぶり、いや15年は経っているだろう、そんな唐突な電話だったからだ。相手は、とある企業の創業社長の某氏だった。「会いに来ないか」という誘いの電話だ。
退任して、ハローワークに通っていた頃、複数の人を順に介して紹介されたのが、彼との出会いだった。精神的にも経済的にも苦しんでいた当時の僕を「拾ってくれた」恩人でもある。新事業に進出するために別会社を立ち上げる頃で、そのプロジェクトリーダーを探していた彼は、とても魅力的な経営者だった。初対面の彼は、僕より4~5歳上で、スマートでダンディー、叩き上げの営業マンでしゃべりが巧い。そして何より事業ビジョンを語る彼は輝いて見えた。
そんな彼のもとで働いた時間は1年しかないのだが、その後も、ときおり「どうしてる」「会おうか」と連絡をもらった。独立した僕のことを心配していたと思う。会えば必ず「戻ってこい」という話になるのだが、僕には後戻りできない意地もあった。いつしか「戻ってこい」は言わなくなった。周囲から僕の近況を聞いていたのだろう。そして、彼からの連絡も途絶えていた。彼の会社が上場したとき、お祝いの電話をしようかとも思ったが、いまさら、という躊躇があって連絡できなかった。それっきりだった。

この日の午後、僕は珍しくネクタイ姿で出かけた。新幹線を降りた足でホテルに荷物を預け、タクシーで彼との待ち合わせのビルに向かった。場所は本社社屋ではなく、4階建て?くらいの、小さいがおしゃれなビルだった。約束通り、ビルの前から電話をすると、ほどなく彼が出てきた。白のシャツにデニム姿(まぁそんなカジュアルなスタイルだったと思う)で玄関に現れ、僕を案内してくれた。あいかわらず若々しい。何やら既視感のある部屋(応接室かな?)に入ると「ちょっと待っててくれ」と言われ、向こうの会議テーブル?で幹部3人を叱っている。その中の一人は元の同僚で、今日の社長は機嫌が悪い、と小声で教えてくれた(笑)。
何もかもが、懐かしい光景に思えた。叱るシーンもそうだが、内装や家具などのインテリア、小物とかデスク回りは、おそらく社長が選んだはずだ、彼の趣味に違いない。それは、なかなか良いセンスなのだ。既視感の正体は、この内装やインテリアだ。それは、かつて僕が通った本社社屋を思い出させた。おしゃれとは書いたが、最近のIT企業のカジュアルな要素もあったし、高級ホテルのロビーを思わせるような一面もあった。今日のこのビルも彼が建てたものだった。

当時の彼は、仕事だけではなくプライベートも大事にする経営者だった。オンオフの切り替えは見事で、自分が使うホテルにまでこだわるタイプだったように思う。だから、会社のインテリアなどの嗜好やアイデアは、一流ホテルを参考にしていたふしがある。僕はそんなことに興味を持つ珍しい部下だったから、仕事を離れると、僕を相手に、よくそんな話をしてくれた。仕事バカだった僕は、彼のライフスタイルにとても惹かれたのだと思う。
東京では銀座の「ホテル西洋銀座」と恵比寿の「Wエスティン東京」が彼の定宿のホテルだった。西洋銀座はセゾン系のホテルで、ハードソフト両方に独特のカルチャーが貫かれていた。彼から色々聞いたと思うが、このふたつのホテルのBARの話しか覚えていない(笑)。
後年、独立した僕は、仕事上のいろんな理由、目的があって一流と呼ばれるホテルでの滞在を始めた。その最初の頃に選んで、順に泊まったのが、この二つのホテルだった。一流と呼ばれるホテルやレストランが何を提供していて、ファンはなぜ、それを支持するのか、そんなことも知りたかった。まぁ、ある意味、彼が気に入るホテルなら想像がつくと思ったのかもしれない(笑)。もちろん彼が好きだったBARにも行ったと思う。
ちなみに当時、あのPークハイアットと人気を二分した西洋銀座は、ファンに惜しまれながら閉館してしまった。ちょっと個性的なホテルだったから残念な気もする。

さて話は、この晩のことに戻る。想像通り、彼の今度の「新しいビジネス」を手伝え、ということらしい。僕がやんわり断り始めると、食事に出ようと言う。旨いワインを飲ませても僕が首を縦に振らないので、さらに夜の店へと連れ出された(笑)。話題はいつしか「彼が好きだったふたつのホテル」のことになり、僕が働いた当時の思い出話や、最近のホテル事情の話題になっていった。彼はホテルの話になると機嫌が良くなる。
おすすめのホテルはどこだ、という話になったとき、僕は虎ノ門のホテル「Aンダーズ東京」をすすめた。大人の遊び心をくすぐるハイセンスなホテルだ。だから、彼ならきっと気に入るはずだ(笑)。そして、夜の店をさらに2軒ほど「はしご」して、酔った彼からようやく解放された。もちろん午前様だった。
その後は、コロナ渦にまみれたから、このハナシは宙ぶらりんになっている。だから、またいつかスマホに着信があると思っている。Aンダーズに泊ってきたぞ、という話ならいいのだが、きっと「あの話のことだけどな」と話を蒸し返しそうな気がする。少し面倒な気もするのだが、僕はきっと、そんな彼の強引なところが好きなのだと思う。

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