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2022年06月18日

横浜の歌が聴こえる

この原稿は、そもそも「ホテルの時間シリーズ」として書き始めたのだが、場所として選んだ「横浜」には、なぜか家族の思い出が詰まっていた。書いていると「横浜の歌」も浮かんできて、いつもと少し違う話になってしまった。

記憶に残る一番古い横浜のエピソードは、まだ30歳になる前の若い頃のことだ。当時、出店計画があって横浜の複数の物件を検討していた。物件の評価や交渉は、偉い幹部やプロの人たちの仕事で、若い僕たちは「横浜」を知るために、アチコチ歩き回っていた。横浜西口あたりの物件が多かった気もするが、候補地の桜木町や関内、馬車道あたりを何度も歩いていた。伊勢佐木町ブルースや五木ひろしの歌詞のイメージとは程遠くて、健全で若々しい街に思えた。港のヨーコも居そうになかった。
ただ、日が暮れると、関内や馬車道は一気に大人の街に変身するから、若い僕はそんな横浜に魅入られていた。もちろん横浜(の新店)への転勤には真っ先に手を上げた。移住しようと本気で考えていたから、街角の小さな不動産屋の店頭のアパート情報をよく眺めていた。幼い娘たちをフェリスに入れよう、などと妄想していたような気もする(笑)。
でも結局、横浜出店は断念され、一転して新店はお隣の富山になった。僕の「黄昏の横浜」移住の夢は飛んでしまった。そして新店に手を上げた僕は、そのまま富山で働くことになる笑。もちろん家族での移住は取りやめて、単身赴任を選んだ。

その後の横浜は「仕事で訪れる街」に過ぎない場所だった。家族の新しい思い出が生まれるのは、それから20年以上も後の話だ。すでに独立していた僕は、一流ホテルの研究という、やはり仕事目的(まぁ半分アソビ気分もあったかな)で横浜を訪れた。そのとき泊まったのが「ヨコハマグランドインターコンチネンタル」だった。名前は長いが、あの「ヨットの帆」の建物だ。
いわゆる「みなとみらい」の代名詞みたいだったから、名前だけで選んだのかもしれない。この巨大なホテルは当時すごい人気で、チェックインのときも長い長い列に並ぶ羽目になったり、ラウンジやレストランも行列で、ずっとイライラさせられた。だからホテルには何もいい記憶がない。
仕事を早々に終えて、すでに東京で暮らす娘と、横浜の大学へ通う甥っ子を呼び出し、横浜西口で食事をした。シーフード自慢のスペイン料理だったと思う。夜の西口は若者であふれる元気なエリアに変貌したように思えた。娘と甥は年齢も近くて、「ヨコハマといえばレゲエだよね」などと、レゲエのフェス?のハナシで意気投合していた。横浜レゲエ祭のことらしい。そういえば娘は湘南乃風のファンだったはずだ。僕の横浜はせいぜい「ゆず」だから話についていけない。悔しいから、大人の酒だ、とテキーラをガンガン飲ませて、酔わせてやった(笑)。ジャマイカといえばラム酒だけど、テキーラだって飲んでるはずだぜ。

さらに数年後のことだ。O田さんの「クリスマスの約束」の収録会場が横浜の赤レンガ倉庫だった。W田唱くんとの掛け合いが始まったときだったと思う。会場には独特の空気感があった。何より、Z津さんの「夕陽を追いかけて」が妙に似合っていた。で、単純に感動した僕はそんな「赤レンガ倉庫」へ行きたくなってしまったのだ。
結局その後、年に一度の家族旅行を横浜に決めたのは、僕にとってはこんな理由もあったからだ。泊まったのは「横浜ロイヤルパークホテル」だった。横浜ランドマークタワーという高層ビルがあって、ホテルはその52階~67階にある。まぁ展望台の上に泊っている感じだ。すでに娘たちは結婚していて、孫たちも一緒の旅行だった。3家族10人くらいになるので、毎回ちょっとした団体旅行になってしまうが、ジジババにとっては年に一度の楽しみだ。
ホテルの客室の窓から、というより、はるか下の方にネオンに輝く観覧車が見える。どうやら遊園地らしい。初日の水族館(八景島シーパラダイス)でも散々歩いて疲れたのに、明日は朝から遊園地らしい(笑)。せっかくだから「山手のドルフィン」へ行って、ソーダ水を飲みたい気もするが、子連れの団体さんに似合いそうもなかった。結局翌日は、遊園地を皮切りにこの新埠頭の人気スポットを順に巡って楽しんだ。結局、赤レンガ倉庫の順番は最後に回された。まぁ仕方ない(笑)。

わが家の家族旅行のルールは、現地集合・現地解散だ。孫たちと別れたジジババは、バスで羽田空港に向かうことにした。横浜ベイブリッジを渡って、バスは30分ほどで羽田に着くらしい。最初は市内をあちこち回るので、まるで観光バスのようだ。山下公園の前には老舗ホテル「横浜ニューグランド」があった。ここは英国王室やチャップリンが使った由緒あるホテルだ。ドリアやプリンアラモード発祥の地でもある。泊まるかどうかは別にして、一度は立ち寄ってみたいホテルだ。
バスは中華街に寄り、港の見える丘公園の横を通る。右手に本牧埠頭が見える。本牧だからクレージーケンバンドが浮かぶのだが、ちゃんと知っている楽曲はタイガー&ドラゴンくらいだ。そんなことを考えながらバスに揺られていた。

さて、ホテルの話を書くはずが、読み返すと、今回はずいぶん無理なストーリーになってしまった(笑)。でも、いいホテルにはなぜか鮮明な思い出が生まれるのは間違いない。今、みなとみらいはホテルラッシュらしい。ウエスティンやヒルトン、ハイアットなど有名系列の名前も出てくる。
その代表格は「ザ・カハラ・リゾート&ホテル横浜」だ。オアフ島カハラ地区にあるリゾートホテルで、ある業界人たちに人気のホテルだ。でもこのホテルの場合は、孫たちと一緒という訳にはいかないなぁ。いつになるか分からないが、いずれ訪れて大人時間を楽しみたいと思っている。さて、そのときの「横浜の歌」は何になるんだろう。

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