友人の動画にほだされて
彼はず~っとガラ系だった。スマホに乗り換えたのは、他者に比べればずいぶん遅かったと思う。とはいえ、テクノロジーに弱い男かというと、むしろ真逆で、企業人だった頃はいわゆるエンジニアだったから、僕たちより新しい技術に近い立場にいた気もする。
もう大昔だが、仲間たちとの連絡が家電(いえでん)とか携帯電話での「会話」が中心だった頃も、いち早くPCメールを使いこなしていたタイプだ。日ごろは無口な男なのだが、メールの彼は、なかなか雄弁だったりした笑。ITや新しいデバイスに弱いはずはなかった。
替えない理由を尋ねたことがあるのだが、要するにガラ系で十分便利だから、必要性を感じていなかったのだろう。たぶん壊れたら、それをきっかけに交換するのだろうと思っていた。
そもそも、いつもの7人の仲間たちへの連絡は、ほぼ年に1度の暮れの集いのことで、今年はどうする?、と声を聴くような使い方だったから、不便に感じることもなかった。誰がスマホで誰がガラ系など、どうでも良かったかもしれない。
何年か前のこと、同窓会のB面が始まるころから、この仲間への連絡の頻度がどっと増えた。とはいえ連絡するのは僕だけなので、仲間のみんなは返信専門だ笑。カッコよく言えば幹事役の僕が、みんなをつなぐ「ハブ」になって、仲間の返信意見を取りまとめる。まぁ実際のところ、僕がコメントを書いて誰かに送る。そしてそのコピペを繰り返して、個別にメールやLINE、ショートメッセージを駆使するのだ。まぁ面倒くさいのだが、連絡方法がバラバラなのは承知で、当たり前のことだった。
コロナ自粛が始まった頃、唯一のガラ系だった彼が、スマホに乗り換えたのを知って、ようやくグループLINEを設定することにした。もちろん僕にとっては便利になったし、作っておいてよかったと実感することも多かった。とはいえ、65歳のおっさんだけのグループLINEは、ある意味で無味乾燥だ。最近は独特なスタンプも登場するようになったが、めったに写真などは使わないし、味気なくて、面白いわけもない。
ところが、今年になって、少し様子が変わってきたかもしれない。新年早々に、あのガラ系だった彼から、とある風景の写真が、いきなり投稿されたのだ。
良く晴れた冬の早朝の風景だ。ず~と続く真っ白な雪の平原に、同じ高さの木々(街路樹かなぁ)が並び、そのシルエット越しに、登る太陽を撮った感じの構図だった。冬枯れしたメタセコイアの並木かなぁ、白い雪の平原に、その長い影が流れていて、とても美しかった。あぁ、あの辺りで撮ったのか、と、すぐに場所のイメージが付いたのだが、まるで「冬の美瑛」(上の写真)を思わせるような出来だった。
それにしても、あいつにそんな美的センスがあったことに、少々驚いていた。おみそれしました、という感じだった(笑)。
さらに、1週間後の夕方、今度は彼の「動画」がアップされた。前回とは違って、夕景の海岸を撮影したやつだった。人がいない砂浜の静かな波打ち際を、スマホで右から左へと180度、ゆっくりパンしているのだが、手振れもなく上手な動画だった。「いま散歩中だ」と、余裕のコメントが付いている(笑)。
動画の被写体選びも、その構図も上手だったが、そんな技術的なセンスも磨いたのかぁ、やるなぁ、と再び驚くことになった。
妙なライバル心が芽生えたのか、刺激を受けたのか、僕は急に、近所の海へ行こうと思い立った。あと30分もすれば日没だ。この天候からすれば、夕陽に染まる海岸線の絵が撮れるかもしれない。
想像以上に、夕景はきれいだった。そしてこれまた想像以上に冬の海は寒かった(笑)。かじかんだ指で何枚もシャッターを切り、動画にも挑戦してみることにした。彼の動画にほだされて、やってきたのは間違いないが、僕の動画は手振ればかりだ。まぁ静止画の方は、負けないやつが撮れた気もする。さっそく彼に見せようと投稿することにした。彼も、ほかの仲間たちも、きっと笑っているに違いない。