確かに美味しいのだが・・・
今回は旨い「すき焼き店」のハナシだ。しばらく前から食べたい、行きたい、と思い出したのだが、日常の暮らしの中には、そんな贅沢なきっかけはないもので、なかなかその日はやってこなかった。もちろんコロナのこともある。ある日、色々あって、朝からまともに食事ができなかったから、よし行こう、などと勢いで予約電話をしてしまった。まぁ、ご褒美とか、自粛の反動という「こじつけ」もした(笑)。
20年以上かな、そんな昔に使って以来、今日まで行かなかった店だ。地元の駅の近くにある、すき焼きの老舗で、ジモティーの僕たちはもちろん、金沢市民にだって、名前はそれなりに知られている。・・・と思う。精肉・すき焼き一筋140年?とかいうキャッチフレーズを、近所のどこかで見てきた記憶がある。二本の道路の間に建物があって、表通り側に「精肉店」、裏通りに「すき焼き店」の入り口がある。どちらも同じ屋号「S与亭」だ。
20年以上行かなかったのは、すき焼き店の方で、精肉店は時折使うことがある。カレーライス以外ほぼ牛肉を食べない我が家なのだが、大事な来客があったり、若い人たちを招くときのご馳走のひとつが、ここの国産和牛だからだ。すき焼きやステーキやBBQという、その日の花形料理として、なかば自慢げに見栄を張って出せるのが、使う理由かもしれない(笑)。
そんな特別の日は、僕の遊び心から、買うのはいつも2~3種類のロースだ。イメージで言えば松竹梅の三種、つまり価格違いのやつを少しずつ揃えて買って、食べ比べするのが我が家のお決まりだ。若い客人は、そんな遊びを特に喜ぶ。もちろん一番安いやつだって、そこいらの店のものより、はるかに旨い。そして一番高いやつは、食べる前から気分がとても良くなる(笑)。ありがたみ、というやつだろう。
扱っているのは、A5クラスの複数のブランド牛レベルなのだろうが、ショーケースには、なんとか牛、のようなブランド表示はなく、ただ「ロース」などと書いてあることも、老舗らしくていい感じだ。
日が暮れた狭い裏通りに、そのすき焼き店の看板がかかっている。入り口は「古い門」のような建屋で、そこに和服の案内係が無表情で立っていて客を迎える(笑)。年季の入った暖簾をくぐり、それなりに手入れされた前庭の石畳を歩き、建物に入る。まぁイメージで言えば、どこかの街にある古い古い温泉旅館の佇まい、という感じかな。料亭のような凛とした感じではない。
館内に流れる空気感も、まさに昔の温泉旅館そのものだ。まぁ接待さんの年齢や所作、ぶっきらぼうな口調がそうさせるのかもしれない(笑)。旅館と違うのは、靴のまま部屋まで行けることだろうか。通された2階の個室は狭かったが、二人なら十分なスペースだ。部屋のしつらえは、やはり旅館そのもので、館内電話もダイヤル式だ(笑)。テーブルにはピカピカに磨かれた鍋がポツンと置いてある。古いとはいえ良い雰囲気だ。二人分だから、値段違いのやつを注文した。今日も食べ比べだ。
ほどなく、肉と野菜などが運ばれ、高齢の接待さんが、どんどん作っていく。こちらが話しかけても反応しないし、作る手は止めない。コロナだから?と思ったが、目は笑っていない。耳が遠いのかと思ったくらいだが、そんなスタイルらしい(笑)。ちょっとくらい笑ってくれてもいいのになぁ。
鍋に火を点け、牛脂を広げて、ネギやキノコや豆腐を並べる。その上に肉を2枚、大きく広げ、上から「割り下」をドドドっと、ぶっかけまわす。少し間をおいて、今度は菜箸で肉を動かし、こまめに火を入れていくようだ。ここのすき焼きは、焼くのではなく煮るスタイルだ。卵を割って用意して下さい、と接待さんが唐突に言うので、あわてて準備した。そろそろ完成のようだ。出来立ての肉を、それぞれ取り茶碗に入れてくれるのかと思って、茶碗を持ち上げて待つことにした。
出来上がりました。残りはご自身で作ってください。割り下が煮詰まってきたら、ここの水を使って・・・・・・。水や割り下の使い方とか、館内電話の使い方を、一方的に話して、さっさと部屋を出て行ってしまった。まぁ笑って、空振りした取り茶碗に、自分で肉を入れるしかない(笑)。
すき焼きは、やはり旨かった。もちろん肉が旨いのだが、実はこの「割り下」がいい仕事をしている。甘さは控えめで切れが良く、肉の旨さを引き立てるのだろう。後から入れた糸コンや生麩、締めに頼んだ「うどん」にも、この出汁がしみ込んで、満腹感につながっていく。
さて、実は食べてる途中で、20年ほど来なかった理由を思い出した。すき焼きは確かに美味しいのだが・・・(ため息)。つまり、それ以外がなぁ・・・(笑)。
今度また、この精肉店の肉を買いに来て、自宅で旨いすき焼きを作ろう。ここの店内で食べるのは、また何年かお休みする(笑)。ここの肉と割り下があれば、笑顔のすき焼きになるはずだ。