舌の記憶「忍者のおもてなし」
ある日、赤坂見附の駅を出た。そして真向かいに建つ古いホテルに目が行って、忘れていた「失敗の夜」のことがよみがえって、隣の家内と二人で「思い出し笑い」していた。まぁ失敗と言っても、楽しかった記憶の方だ。
今回は、あるレストランでのそんな思い出のハナシ。
世の中のレストランの中には、エンターテイメントを売りにするところがある。けっこうたくさんある。商品やサービスでの過度の演出やサプライズも、広い意味ではエンターテイメントかもしれないが、食事以外の要素に傾注して、肝心の料理がムムムな場合がしばしばある。古い記憶をひっくり返すと、そんな失敗話はたくさんあるが、今回のように、笑って「楽しい記憶だ」と言えるものも案外多い。
僕の場合は、料理にがっかりすることがあっても、クレームをつけることはない。料理の評価は「人それぞれ」だからだ。ひどい場合はひと口食べて、こっそり放置することもある。でもこの日のように、まだ出てこない料理もあるのに席を立つことはほとんどない。そんな僕だが、この日は、すぐに帰りたくなったのだ笑。
店は赤坂見附の某ホテルにあった。もうずいぶん前のことで、記憶も改ざんされているかもしれないが、思い出してみたい。
その日は、新婚の娘夫婦と僕たち両親の4人で、何らかの家族の記念日?だからと、いつもと違うところへ行こうと考えたのだと思う。シンプルな外観に店名のサインだけが小さく灯っている不思議な店だった。狭くて低いくぐり戸みたいな扉から入って、アテンドで名前を告げ、薄暗いエントランスに入っていった。
そこは、日本の戦国時代を思わせる空間だった。ちょうど戦(いくさ)の山城の門をくぐり、夜だから暗くて、かがり火だけの枡形に入ったような感じだろうか。ビルの中なのに石垣なんかもあったと思う。天井は高いのだが、狭い空間だった。
突然、頭上で、何やら口上が始まった。見上げると高い位置に「忍者」が身を乗り出していて、上から僕たちに語り掛けるのだ笑。要するに、今から「忍者の修行の道?」を通って、僕たちを個室へ案内する、ということだ。隠し扉から、暗い階段に従って、下に降りたり、逆に登ったりする。途中、岩場に川があって、なかった橋が出てきたような気もする。まぁそんな、あれこれ仕掛けが面白い忍者屋敷の通路を進むのだ。ちょっとワクワクしたと思う笑
個室は、あえて天井が低くて、秘密の部屋のような感じだっただろうか。出てくる料理はアイデア満載で、煙が出てくるものとか、導火線に火をつけてドキドキするものとか、そんな忍者テイストのものばかりだった。もちろん運んでくるのは忍者たちだったと思う笑。くノ一(クノイチ)もいたような気もする。
ところが、この料理がムムムなのだ。単品オーダーしたのかなぁ、でも量も少なくて、シェアもできなかったと思う。がっかりして失敗を自覚し、時間がないことを理由に、もう帰ると申し入れた。
しかし、今からシニア忍者による忍術の披露があるから、それを見ていってくれと言う。仕方ないので見ることにした。遅れて始まった忍術とは「手品」のことだった笑。いわゆるテーブルマジックだ。上手だった気もするが、あきれたのは間違いない。
会計を済ませて、ようやく外へ出たとき。なんと、忍者が僕たちを追いかけて歩道を走ってくる。逆ギレかぁ、と一瞬驚いた笑。少し先で足を止め、忍者スタイルでひざを折る。手には何やら「巻き物」を持っていて、それを上下にパァっと広げると、下手な毛筆でメッセージが書いてあった。
もう内容は覚えていないが、要するに「ありがとう」みたいな感謝の文章だ。とはいえもう驚かないから、ご苦労様、ありがとう、とクールに大人の返事をしたと思う笑。今から思えば、スタッフは全力で頑張ってた訳だから、僕の方が大人げない。
もちろん食べ足りないから、もう一軒食べに行くことにした。その途中、さっきの店の並びに「フーターズ」があった。美人ばかりの若いスタッフが独特のタンクトップとホットパンツ姿で接客する、有名なエンターテイメント・レストランだった。まぁある意味で現代のくノ一っぽいかな笑。ガラス張りの明るい内装なので、暗い赤坂見附では際立っているように見えた(たしか倒産?したから今はないと思うけど)。
そもそも赤坂は古い夜の繁華街だ。戦後しばらくは米軍との接点も多くて、今はビジネス御用達のイメージが強い。そうか、ここも、さっきの忍者も、外国ビジネスマンの接待狙いなのかもなぁ、と妙に納得していた。
ちなみに、忍者の店は人気店として今もちゃんと営業しているようだ。評価ポイントも高いから、僕の失敗談は例外か、あのときだけのこと、だった可能性が高い。興味のある方はご安心を。僕も、仲間のおっさんたちと一緒にまた訪ねてみたい店なのだ。仲間のツッコミを期待しながら遊ぶのも悪くない
なお、ここに使った画像はイメージなので、このお店とは何の関係もない。