雪の城端線
その日は、午前中の新幹線はくたかに乗って出発した。金沢の雪は全く心配するほどのことではないのだが、倶利伽羅あたりから景色は一気に変わってしまった。文学的には、純白の雪模様とか何とか、洒落たことを言いたいところだが、どちらかと言えば、モノクロのくすんだ景色に切り替わる。北陸の冬はそんな感じだ。そして新高岡で降りた。乗車時間はわずか13分だ(笑)。ここで城端線に乗り換えて南へ向かう。
実は、ちょっとワクワクしていることに気づいた。はっきりした理由がある訳ではないが、今から乗るのが地味なローカル線だからだと思う。今日の仕事のことは、いったん頭の隅に追いやって、移動時間を楽しむつもりだ。
僕は決して乗り鉄(ノリテツ)ではない。というより鉄道ファンでも何でもない。そんなファンなら休日に楽しむはずだ。あえて仕事で使う必要はない。ワクワクするのは、きっと、今から知らない体験をするからだ。何事も初体験は楽しいものだ。
いつもなら車で向かうシゴトだった。でも雪の富山のことは気になっていた。凍結した北陸道でスピンした車が、そのまま中央分離帯に飛び込む映像がニュース番組で流れていたからだ。その場所が「あそこかぁ」とすぐに分かる映像だった。さらに当日の朝になってニュースを知った。前日は、雪と凍結で北陸道がクローズされ、迂回した普通タイヤの県外車両がスタックして、8号線も延々と止まってしまったらしい。それで僕の移動手段はプランBになった。つまり電車だ。
城端(じょうはな)線は、高岡から終点の城端駅へと南に向かう地方路線だ。ここで乗り換えるのだが、1時間に1本しかない電車を45分も待たねばならないらしい。スーツ姿だが、あちこち散策することにした。新高岡駅は、北陸新幹線が開業したときにできた駅だから、大きくてきれいな駅だ。外は雪だが待合室は快適で、観光案内や地場産業の資料展示なども、それなりに充実している。とはいえ、人はいない(笑)。
一方、100mほど先にある「城端線の新高岡駅」は、まさにホームがあるだけの無人駅だった。屋根もホームも雪で半分隠れている。吹きさらしのホームには古い自販機がポツンとあって、それで切符を買う。ICOCAなど鉄道系カードは使えないようだ。
定刻通りやってきたのは2両編成の小さな車両だった。なぜか後ろの車両(2両目)のドアは開かず、運転手側の1両目しか乗り降りできないルールらしい。知らないことばかりで、少し楽しい。乗り込むときに整理券をとって、降りるときに運転手に見せるようだ。
出発した頃にはだんだん雪が激しく降ってきた。2~3駅過ぎる頃には周囲は一面雪の平野で、モノクロの世界をゆっくりと一直線に進んでいく感じだ。ごうごうという音は、どうやら風切り音のようだ。外は強風なのだろう。
車両は古いのだろうが、車内はきれいに磨かれていて、古さはあまり感じない。天井には扇風機が付いていて、レトロな感じがとても魅力的だった。ローカル線には独特の味わいがある気がする。
降りた駅の階段は凍っていて危険なのだが、高校生がリズムよく足早に降りていく。駅のロータリーには多くの雪が残っていて、革靴の僕は、タクシーに乗り込むのにもひと苦労だ。車道の雪は融雪が効いていて少ないが、脇の歩道は大量の雪で埋まっている。その「歩道」に小型の除雪車が入った跡がある。これなら轍(わだち)を歩くことができる。この辺りの住民生活では、町内会で所有する除雪車をつかって、当番が毎朝交代で「歩道も」除雪するのだそうだ。富山では当たり前のことらしい。途中の駐車場の周囲は、信じられない高さの「雪の壁」ができている。作ったのはブルトーザーらしいが、きっと巨大なやつに違いない。
雪の城端線は、駅舎もホームも、駅員も車両も、そして街そのものが知らない世界のことばかりで、とても楽しい旅になった。さて、タクシーはそろそろ目的地だ。残念だけど仕事モードに切り替えなければならない。
帰りも同じ経路で戻るつもりだ。夕方だから電車の本数が増えるとばかり思っていたが、1時間に1本なのは変わらないらしい。遅延は勘弁してほしいから雪が弱まるのを祈るしかない。