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2022年02月25日

蕎麦屋の回文(かいぶん)

冬になると、ここの温かい蕎麦が食べたくなって、行こうか、という話になる。じゃあ、冬しか行かないのか?というと、そんな訳でもない。有名店の専門的な蕎麦に「疲れる」と、行きたくなる店なのだ。
昔のこの店には、冬になると大きな牡蠣が乗った「かき蕎麦」という温かい蕎麦があった。白子の天ぷらが、だし汁の上に座った蕎麦なんかも、あったと思う。柚子の香りが効いた優しい蕎麦だった。そんな記憶が強いから、僕たちにとっては冬の温蕎麦のイメージになっているんだと思う。
でも最近は、そんなメニューは見かけなくなってしまった。手間がかかったり儲からないのかもしれない。もうやらないのかもな。まぁ、どっちみち好きで注文するメニューは変わらないし、普段着でふらりと行くような、気軽な店なのだ。

通い始めて軽く30年、いやもしかすると40年は過ぎているかもしれない。考えるまでもなく、ご主人は相当な高齢のはずだ。いつも厨房にいて、コンロに向かっているから、曲がった背中しか見たことがない。顔が見えるスタッフは高齢の女性ばかりだ。若い人は一人もいないのかな(笑)。だからかどうか知らないが、最近は昼しか営業しなくなったようだし、日曜日もしばしば休むようになった。確かにあんまり無理はして欲しくない気もする。
今日の昼も、きっかけは温かい蕎麦だったのに、いざ注文したのは、いつも定番の「あいもり天ざる」だ。蕎麦とうどんが楽しめるのだが、両方とも冷たい「ざる」だ。それに姫かつ丼というハーフサイズのカツ丼を追加する。これでカロリーはマックスだから、今夜の晩飯を軽くするしかなくなる(笑)。でも、寒い冬にホッとするひと時をくれるから止められないのだ。

待つのは避けたいから、シニアは早めに到着する。でも今日の駐車場はすでに一杯だ。シニアの冬の外食スタイルは、概ね、こんなところが似ている(笑)。
玄関先で、とある社長さん?に再会した。互いにマスク姿だから自信がなかったが、声を掛けたら、やっぱりその人だった。お決まりの挨拶を交わして、出ていく後ろ姿を見ながら、ふと思い出した。この蕎麦屋の存在を僕に教えてくれたのは、この人だ。忘れてしまっていた古い記憶も、ちょっと蘇った。でもまぁ楽しい記憶の方じゃない。
そういえば、この蕎麦屋に来ると、ときおり知った人に会う。仕事上の知り合いばかりだが、ここでは普段着の素顔ということなので、互いにちょっと気を使ったりする。この店がなくなってしまったら、たくさんの人が困るんだろうなぁ、などと考えてしまった。余計なお世話だが、後継ぎはいるのだろうか(笑)。

この店の箸袋はちょっと変わっていて、袋を広げると数々の「回文」が書いてある。回文というのは「ダンスが済んだ」とか「わたし負けましたわ」みたいに、上から読んでも下から読んでも同じになる文句のことだ。
きっと料理を待たせるあいだの配慮にと、始めたんだろう。ずいぶん前、つまり店主が若い頃からやっていて、昔はよく読んでいた。最近はいつも同じだからと、めっきり読まなくなったのだが、くだんの再会?がきっかけか、開いてみることにした。
いつの間にか、新作の回文に替わっていた。久しぶりに、なんとなく店主のキモチみたいな空気感に包まれた。やっぱり冬は、こんな、心がホッとする瞬間が嬉しい。

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