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2022年02月25日

本の時間「クルマの記憶と象徴するもの」

たしか夏ごろのことだったと思う。その記事と写真を見たとき、その映画が観たくなった。記事はカンヌでの受賞を伝えるもので、M上春樹の短編小説が原作だとか、脚本がいいとか、盛んに誉めていたと思う。でも僕が引っかかったのは、そんなことではなかった。写真に写っていた「クルマ」の方だった。SAAB(サーブ)というスウェーデンの車だ。
そもそも僕は、映画賞をとるような作品は、何となく面倒くさい先入観があって苦手だし、ハルキストでもないし、そんな友人もいない。思い出したのは、ず~っと若い頃、シゴトで侃々諤々(かんかんがくがく)やりあった相手の「男」のことだ。僕も若かったが、彼は少し年下で、少し生意気な尖った若造のグラフィックデザイナーだった。

当時の彼の愛車が古いSAABだったはずだ。ライバルのボルボと混同してしまうほど、その車が珍しかった時代だ。何かと面白い男だった。ライブハウスや映画館の支配人だった頃の彼の話が好きだった。ライフスタイルも経歴も「おかしなやつ」なのだ。しかし、ただの生意気ではなかった。選ぶビジュアルも企画の切り口も群を抜く才能を感じさせた。僕は彼の才能に惚れ込んでいたのだと思う。そんな鋭いセンスなのに、会話は金沢弁オンリーで敬語が苦手なのも彼なら許せた。
小柄で華奢な彼は、いわゆる御曹司で世間離れした人生だったようだ。その後の彼は、実業家だった父親の跡を継いで「社長」を始めた。僕たちの世代なら誰もが知る有名な会社だ。慣れないスーツ姿で「社長」を演じていたのかもしれない。少し面白い絵が浮かぶ。
15年ほど前だろうか、彼は急に亡くなったのだが、街なかでSAABを見かけると、彼のことを思い出して、なぜか嬉しくなったものだ。僕にとってのSAABは、彼のことであり、あの時代の象徴のような気もする。そんな記憶もあって、この映画のことや、登場する赤いSAAB(ターボだ)のことが気になり、しばしばWebで遊んでいた。この車のブランドがすでに消滅していたことにも驚いていた。

あちこちで、この映画が騒がれたころ、ようやく映画館を探したのだが、近くに上映館がなかったこともあって、気分が遠のいた。どうせコロナで映画館はヒマだし、いずれ観よう、観る前に原作を読んでおこう、などとグジグジしていた。ところが、2月にオスカーの候補作品にノミネートされたと知って、がぜん急ぐことにした。話題が広がって、人であふれる劇場は苦手だからだ。
あわてて短編集「〇のいない〇たち」を買い、原作の一編を一気に読んだ。とはいっても60ページくらいだから時間はかからなかった。役者で演出家の主人公による一種の会話劇かなぁ、そんな予習をして、自宅からは遠い映画館へ向かった。映画の方は、短編とは真逆で、上映時間3時間という大作だった。冒頭から一気に引き込まれる映像とストーリーだ。普段なら飽きっぽい僕が、見逃すまいとスクリーンを凝視するほどだった。

原作の特徴を知ったから気付くのだと思うが、脚本が確かに素晴らしいのだ。監督某は、たぶん原作の短編を(もとよりM上春樹を)強くリスペクトしていて、原作にある、ちょっとした会話の中のフレーズや、何気ない情景から、原作の世界観や主題を緻密に表現していったのだと思う。原作の一言一句のなかにある「象徴するもの」や「大事な何か」を見逃さず、捨てることなく、あるときは相当な映像時間を割いて、ていねいに描こうとしているような気がする。
ネタバレしてはいけないから、書けるのはこんなところなのだが、お薦めの小説、お薦めの映画なのは間違いない。
珍しいことに、僕はもう一度この原作を読むことにした。今度は、監督が原作に何を見つけたのかに、とても興味を持ったからだ。例えば映画のストーリーに出てくる「芝居」や「セリフ」のレトリックを読み解こうと、ちょっと考えながら読んでいく。もとより、原作のタイトル(映画のタイトル)になっている「3つの英単語」にも、それぞれに象徴している何かがありそうな気がする。まぁこんなに余韻に浸る映画は久しぶりだと思う。

後日談
どうやら、3月になれば上映館がどっと増えて、映画はもっと便利に観れるようになるらしい。急がなくても問題ないから、よければ原作を先に読むのもお薦めする。ちなみに、ドライバー役で抜群の存在感を見せた女優さんが、ある日、朝ドラに出てきてとても驚いた。役者って、すごいんだね。

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