ただ食べたくて「長い夜の長いレシート」
台風一過というのは、台風が通り過ぎて風雨がおさまり晴天になるさまを言うらしい。遅々として進まない台風14号は無事通過していったから、てっきり晴れると思っていたのだが、そうそううまくいかない。初日は何とか曇り空だったが、2日目の北海道は朝から見事に雨だった。今日は遠く(石狩の北の外れ)まで行かねばならない。ワゴン車2台に8人(兄妹夫婦4組)というドライブなのだが、雨でテンションは下がる一方だった。
石狩挽歌とか函館の人とか、つまり北海道の歌って何を思い出す?、後日のそんな会話で思い出したのは、北海道の大スター?M山千春のことだ。まず「大空と大地の中で」が浮かぶ。でもこの日の空は分厚い雨雲で灰色だったんだけどね。
そういえば、まだ20代のころ、札幌の居酒屋でM山千春と会ったことがある。僕たちとほぼ同じ年齢だから、当時は細くて小柄で華奢な印象だった。もちろん髪の毛はフサフサで笑、女性たちやファンに(僕にも)笑顔で握手する好青年だった。
さて、それにしても腹が減った。朝からろくに食べていない。というより石狩への道には(帰りもそうなのだが)ホントに何もない笑。道の駅くらいはあるだろうと思ったが、あるのはセイコーマート(北海道の有名コンビニ)くらいだった。まぁ今夜は「すすきの」の炉端焼きを予約してある。極限の空腹はそのための準備運動にしておこう。千春の楽曲で言えば、すすきので「長い夜」を楽しむつもりだ。
予約した店の住所は南3条西4丁目だ。札幌を知る人ならわかると思うが、すすきの駅の交差点、つまり夜の歓楽街の入り口あたりだ。千春と会った居酒屋もこのあたりにあったと思う。
1次会のこの炉端焼き(ちょっと雰囲気のある居酒屋かな)はアタリだった。僕の嗅覚(長年のカンに過ぎないけど)は、こんな時に役に立つ。8人なのに、炉端焼きだからと、カウンター席を指定してあった。目の前で焼きあがる海の幸を見たいし、板さんとも話がしたい。8人だからといってコースなどは頼まない。居酒屋なんだから、みんなバラバラに好きなものを注文せよ、と事前に申し合わせてあった。
案内されたのは堀座のカウンター席で、板さん(おそらく親方)の前にはアイスベッドがあって今日の素材が並んでいる。殻のままの牡蠣や太いニシン、サンマ、などなど、どれも輝いている笑。その隣は「焼き場」になっていて、炭火が赤々と燃えている。
すでにホッケとかアスパラ、青つぶ貝などが焼かれていて、ちょっとそそられてしまう。腹ペコの今日のイメージで言えば、まず牡蠣かな、次に貝の刺身、そして焼きアスパラ、じゃがバター、そしてメインは「ニシン丸」つまりニシンの丸焼きだな、あぁ締めは焼きおにぎりだ、などと勝手に妄想していった。
とはいえ、こんな場合は地元の(親方の)意見を聞くのがいいに決まっている。まず牡蠣からだ。親方いわく、左のやつは有名な厚岸(あっけし)産、となりが昆布森(こんぶもり)産らしい。昆布森という産地は厚岸の近くで、やや小ぶりなのだが美味しい牡蠣らしい。とりあえず厚岸産を選んだら「生がいいですか?」と向こうが聞くので、逆に地元での食べ方を確認すると「そりゃぁ、焼いた方が旨いっしょ」とのことだった(笑)。最近の観光客は生が主流だと思い込んでいるのだ。
目の前の太いニシンを指さして、ニシンは丸焼きがいいよね?と尋ねると、焼いても旨いが今日のやつは脂も乗っているから、刺身がいいという。なるほど~、じゃぁそうしてもらう、などとやり取りしていったら、親方にエンジンがかかっていった(笑)。こうして、ニシンとサンマの刺身から始まって、素材は選ぶが料理は親方のおすすめに従う、そんな食べ方にした。まぁ「親方を巻き込む」こと、これがアタリの秘訣だ。同行した弟たちと一緒になって「旨い旨い」を連呼するから、親方のテンションも上がる(笑)。
乾杯ビールはもちろんサッポロクラシックだ。北海道でしか飲めないビール、というだけなのだが、これがなかなか旨い。すきっ腹にしみわたる感じだ。まず厚岸の焼き牡蠣はすごかった。盛り付けなどは少々乱暴なのだが、何しろ大振りで味が濃い。添えてあるレモンなんかは必要ない。これで1枚500円はびっくりだ。さらにニシンの刺身には驚いた。とにかく脂が醤油をはじくほど乗っている。期待のニシン丸は食べれなかったが、刺身で大正解だ。
でも失敗もある。あの大きなニシンや太いサンマを刺身にしたら、量が多くなってしまうのだ。これじゃぁ他の料理が食べれなくなる。できれば盛り合わせにして、ちょっとだけでもよかったかなぁ。そして最大の失敗は毛蟹だ。予約じゃないと食べれなかった。期待してないのに旨かったやつもある。本場のじゃがバターはなぜか絶品だった(焼き方が違うのかなぁ)、逆にアスパラは天ぷらの方がはるかに味が濃くなることを知った。
そして、ニシン丸の代わりに選んだ「キンキ」だ。メンメという呼び名もあって、金目鯛に似た感じなのだが全く違う北海道の魚だ。どうやら一番値段の高いメニューなのだが、こいつが凄い。おすすめの原始焼き(一匹丸ごと炭火で焼き上げる)にした。炭火でしっかり焼くと、表面はパリっとあがり、身の方はむしろジューシーでふわっとなる、つまりまさに魅惑のキンキに変身するのだ。サイズは大きいのだが、一人でぺろりと食べられる。もちろん醤油もいらない。
ちなみに北海道の日本酒もおすすめされている。僕は北の誉(きたのほまれ)くらいしか知らなかったが、順に飲んだ地酒は、どれもすっきりしていて、魚介との相性は抜群だと思った。とはいえ、酔いが回ると変なスイッチが入って、悪い癖が出てしまう。ちょっとマイナーな料理が食べたくなってしまうのだ。鮭トバ味噌漬け、イカゴロのちゃんちゃん焼き、かにしゅうまい、北海たこザンギ、ラムロース・・・、そして、やっぱりニシン丸も気になる。
それは僕だけじゃなく、みんな調子に乗って注文したから会計金額も気になり始めて、ちらりと大蔵大臣(家内だ)の顔を見た。彼女も結構食べていたと思うのだが、なんと、いくら丼を注文し始めた(笑)。昨夜のイタリアンと違って、大蔵大臣も調子に乗ってるのだ。
旨い料理は、食べる方はもちろん、作る方だって笑顔にする。そんな札幌の夜は旅人を幸せにするのだ。ちなみに、会計後のレシートは信じられないほどの長さだった(笑)。お腹いっぱいだ。さぁ「長い夜」は始まったばかりだ。いったん解散して、僕は2次会だな、よさげなBARを探そう。