BARの夜話「あるBARの系譜」
札幌らしい写真、てのはどんな景色だろう。まぁどうでもいいのだが、ふと、そんなことを考えたりした。で、今回選んだのは「すすきの交差点」の一枚だ。例のニッカの大看板は今も昔も札幌の象徴だ。まぁ僕にとっては道頓堀のグリコも同じかもな。
ちなみに看板のヒゲのおじさんには「キング・オブ・ブレンダーズ」という、ちゃんとした名前があるそうだ。札幌で飲むべき酒は、サッポロビールとニッカウヰスキーだ。できればビールはサッポロクラシック(北海道限定販売)、ウイスキーは余市がいい。
すすきのは最北の歓楽街だ。大小様々な、いわゆる飲食店ビルが密集していて、一本横に入ればそこに違和感なく風俗店も同居している。とはいえ深夜遅くまで健全に遊べる街だと思う。だから若い女性たちであふれている。
さっきまで飲んで食べて楽しんだ店(ビル2階にある)の裏口あたりから、裏通りが見下ろせた。裏通りとはいえ、やはりビルが並んでいるのだが、なんとそこに「BARやまざき」の看板を見つけた。どうやら斜め向かいのビルの4階にあるらしい。がぜん行きたくなった。
実は札幌のBARのことは事前にちょっと調べた。すすきのは若いころから知っていたのだが、なぜかBARの記憶が残ってなかった。一緒についてきた9歳違いの弟(夫婦)も大のBAR好きだから、同じようにそんな準備をしていたようだ。札幌行きが決まったころから、互いに調べて情報交換をしていた。この兄弟はそんなところが似ている。
僕や弟のように、BARという不思議な空気感が好きな奴はたくさんいると思うのだが、そんな人なら札幌に伝説のBARがある、と聞けば行ってみたくなって当然だ。というより「やまざき」はちょっとでも検索すれば必ず一番に出てくる老舗中の老舗だった。創業60年と書いてあって(1958年開業らしいから僕たちが1~2歳ころだ笑)、写真の内装も雰囲気もカクテルも、まさにオーセンティック・バーという表現がピタリくる。行きたいのはこういうタイプだ。
調べたら、店名は伝説のオーナーバーテンダーの名前で、97歳で亡くなるまで現役で店に立ち続け、人々に楽しい魔法の時間を提供し続けたらしい。お弟子さんをたくさん輩出し、さらにその弟子(つまり孫弟子)もいるから、彼のDNAを継いだBARが、すすきのに(実際には全国に)たくさんある。つまり「やまざき」を源流にした「BARの系譜」があるのだ(実はそのタイトルの書籍も出版されている)。だからもちろん、すすきののお弟子さんのBARも調べてあった。
すすきの交差点に立ったまま、BAR好きな弟が電話を始めた。「やまざき」は想像通り満席で入れない。なのでお弟子さんのBAR(女性バーテンダーの店)に電話した。やはりここも満席だ。でも、ありがたいことにほかのBARを紹介してくれるのだ。でも結局、どこも満席ばかりだ(汗)。それらの店は、みんな系譜の店ばかりで、相互に紹介していくようだ。電話してくれた客ですら大事にするからだろう。そんなところに師匠の姿勢を想像してみたりした。どこも人気なことにも納得がいく。無念だが系譜のBARはあきらめるしかない。
いつになるかわからないが、今度来るときは、札幌で飲むべき酒は、やまざきのカクテルだ、などと言えるようになりたい笑。実は金沢にも、この系譜のBARがあると知った。かつて行ったことのあるBARなので驚いていた。片町の裏通りにあるバー「B」がそれだ。やはり正統派のBARなのだが、いずれ訪ねて師匠の話を聞いてみたい。
何年か前だが「探偵はBARにいる」という映画があった。すすきのを舞台に「俺」と名乗る主人公の探偵(映画ではO泉洋が演じる便利屋)と空手師範代の助手(M田龍平)が、やくざなんかを相手に大活躍するハードボイルド調の作品だ。携帯電話を持たない「俺」が依頼を受けるのは、ケラーオオハタというBARの電話だけ、という設定だった。すすきのにはそのモデルになったBARや、ロケ地になった店、映画のBAR場面を監修したバーテンダーの店とかを「探して訪ねる遊び」がある。
結局この晩、僕たちが座ったのは「監修したバーテンダー」の店だった。ようやく(ある種の執念で)入れたこのBARは、薄暗い飲食ビルの2階にあった。ドアにはカギがかかっていて、インターホン越しに名乗ると、ドアを開けてくれる。何やらとても映画っぽい(笑)。店内は、ほぼ真っ暗で、煙草の匂いがする。案内された壁際の小さなテーブルには、やけに大きな灰皿が置いてある。煙草も葉巻もOKなのだ。目が慣れるまで何も見えないのだが、カウンターの女性バーテンダーとか、後ろの酒棚、壁掛けや内装が徐々にわかってくる。暗いだけで実に本格的なBARだった。
面白いことに煙草はOKなのに、電子タバコはNGらしい笑。その香りはBARの酒には似合わないというのが理由だ。だから葉巻がおすすめされる。古いとか時代遅れという前に、オーナーの気骨や矜持を感じてしまう。
1杯目のバーボンソーダが旨くて技術が本物だと思ったから、2杯目はマティニを頼んだ。原作の小説には「俺」が必ず飲むカクテルが出てくる。忘れてしまったが、マティニのようなレシピだったような記憶がある。まるでアンティーク品のようなグラスで出てきたこのBARのマティニには、すすきのの歴史とか、BARの意地とか、夜の不思議とか、なにやら懐の深さを感じる存在感がある気がして、なぜかゆっくり味わっていた。