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2020年06月12日

本の時間「読んだ本の行方」

狭い家なのに、わが家の本棚や本のストックは、何か所かに分散している。2階には、僕の本ばかりの棚、家内の本が中心の棚、ごった煮の一時保管の場所、の3つがある。そこには単行本、文庫本そして昔のマンガも混ざっている(笑)。そして1階には、まだ読んでない本の棚、まぁ読んだ直後の本もここにあるな。そんなわが家の本棚を眺めると気持ち悪かった。それは全ての本にカバーがかかっているからだ。あの無料の紙カバーだ。本屋のように作家ごとにまとまっていて、タイトル背表紙が並んでいるのならともかく、紙の無料カバーが並んでいるだけだ。な~んにも美しくない(笑)。
カバーをお付けしますか?、本屋のレジで聞かれると、「お願いします」と反射的に頼んでしまう。これは僕も家内もおんなじだ。買うのは文庫本ばかりで、あちこちの本屋ごとにカバーの色もデザインも違うから、それが並ぶと、何の統一性もなくなる。まぁサイズが統一されている分だけ、ましかもしれない。だから、かつて読んだ本を探すときは、ひと苦労してイライラしていた。一冊ずつタイトルページを開いて確認しなければならない。カバーを外しておけば良いだけの話なのだが、長年の習慣はなかなか変えられない。実際には、探すことは皆無だから、まぁどうでもよかった。

小説は好きだが、乱暴に読むから、数日読まないと登場人物を忘れてしまう。ストーリーも同様だ。読んだらすぐに忘れることにしている。覚えているのは主人公のキャラクターくらいかな。そんな読書だから、読んだタイトルすら忘れることも多い。本棚の本のカバーを外して、作家順に並べたら、どんな景色になるんだろうか。一番多いのは誰の作品だろう。
家内が読んでいる女性作家は何人もいて、話題作も多いようだが、なんとなく暗そうで、僕は苦手で興味はない。多いのは夫婦に共通の作家だろうから、きっと東野圭吾とか大沢在昌あたりが一番なんだろうと思う。この二人は、そもそも家内の方が大ファンで、僕もつられて読むようになった。多彩な作風でお気に入りだから、ほとんどの作品は読んでいるではないだろうか。でも、やっぱり覚えていない(笑)。
しかし、ある日、ふと気づいたことがある。読み終えた僕の本は、どこへ行くんだろう??、ふつうは2~3冊を一度に買って、読んで、を毎月毎月繰り返しているから、一年もたてば相当な量になるはずだ。しかし本棚の景色は変わったように思えない。どうやら、知らない間に、どんどん処分されているようだ。断捨離とかいうやつだな。それはそれで仕方ない。カバーがかかっているから、どの本が処分されて、どれが残っているのかも分からない(笑)。きっと家内の本が優先されて、僕のやつが整理されるのだろう、まぁそれはそれで合理的だ。仕方ない。

先日、ヒマにまかせて本棚の整理をすることにした。そして「紙のブックカバー」は全部はがした(笑)。ゴミ袋がみるみる膨らむ量だった。家の中のあちこちに積まれていた文庫本も、ようやく本棚に収まった。少し気分がいい。そして、本屋と同じように「作家名のあいうえお順」に並べることにした。作家の名前が一か所に並ぶから、ふ~ん、こんなに気に入ってるんだ、などと他人事のような気付きもあった。想像通り、大沢在昌が多かったのだが、これは家内の棚へまとめて移動だ。最近のやつでは、池井戸潤や伊坂幸太郎も多いと思っていたが、それほどでもない。意外な気がした。とはいえ、すでに処分された本は、どんなやつなのだろう。無くなったのは間違いないのだが、全く残念な気分にならない。不思議なものだ。

あっ、いま思い出した。無くなってるのは、昔読んでた警察小説だ。けっこう読んだのに、ほとんど無い(笑)。

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