ただ食べたくて「見直したぜフレンチごはん」
今日は、ある夜の「天の川」のハナシをしようと思う。とはいえ夜空を彩る星の話ではないし、七夕の夜のロマンチックな物語でもない。一軒のレストランのハナシだ。
この店のハナシは、笑わないシェフとして、僕の編集後記にしばしば登場している笑。店は、僕の自宅近くの小さなショッピングモールの駐車場(の端っこ)に建っている。隣はやや派手めのステーキ店なのだが、それに比べれば地味で目立たない感じかな。まぁ田舎だから、そんなところが気軽でいい。
店名の前に「フレンチごはん」と表示されているのだが、ちょっとカッコよく言えばフレンチの一軒家レストラン、ジャンルでいえば気軽なビストロという感じだ。店名は「天の川」って意味らしいが、そんなシンボリックな感じでもなく、思い出すと、いつも無口で笑わないシェフの顔が浮かんでしまう笑。
書くと、このように辛口っぽくなるのだが、その料理には光るものがあって、僕の評価はけっこう高い。まぁ偏屈な僕は、そんな若いシェフとその料理に興味があるのだと思う。
まだまだコロナの余波が強く残っている。そんなある日、この店で週末のランチを食べる機会があった。いつの間にか従業員は誰もいなくなっていて、キッチンにはシェフ1人、フロアには女性が一人の営業だった(奥さんなのかな?)。
週末でテーブル席もたくさんある店だから、僕たちのような客は何組もやってくるのだが、対応がうまくいかない様子だった。つまり少し荒れているのだ。メニューはたったひとつのコースしかない。とはいえ前菜もメインも、選択肢がいくつもあるから、メニューに不満はない。このスタイルならシェフ一人でも対応できるのだろう。市中の個人店ではよく観る光景だった。
僕たちが選んだ魚料理や肉料理は、基本のメインとは違っていて、その分、値段が一気に高くなるのだが、それも問題なかった。たしかに料理は遅かったが、楽しくランチを過ごせた。で、そのとき食べた肉料理の味やレベルに驚いて、いずれディナーで使ってみようかなぁ、と思っていた。
そして半年が過ぎ、再来店の機会がやってきた。弟夫婦と僕たち計4人のディナーだった。兄夫婦からの「事前情報」もあるから、弟たちはあまり期待していなかったと思う、まぁそれは僕たち夫婦も同じだ笑。
なんと、夜は席予約はできないようで、コース予約だけだった。夜のコースはひとつしかなくて、そのメイン料理(肉料理)を、事前に決めなければ予約できないらしい。ホームページで選択肢(6種類)を確認して、あえて4種類の肉料理を選んだ。シェアして楽しむつもりだ。ランチと違って、前菜オードブルの選択肢はなくて、ちょっとあきれたのだが、まぁ仕方ない。まだ店側の体力は戻らないままなのだろう。
予約時刻、店に着き一番奥のなかなか良い席に案内された。でも少し驚いた、やっぱりあの2人だけの営業のようだ。まぁイメージで言えばご夫婦みたいだが、それを話題にするほど奥さん?と親しいわけでもない笑。
壁にかかった「額」に目が行った。白いコックコートを畳んで額に入れて飾ってあるのだ。その胸のあたり(背中かも)に誰かのサインがあって肖像写真が添えてある。近づいてよく観ると、サインと写真の主は、なんとポール・ボキューズ(フランス料理界の伝説の料理人)だ。驚いたし、僕たち4人は勝手な妄想を広げて盛り上がった笑。
最初にメイン4種類の確認とか、コース内容の説明がある。どうやらアミューズから始まって、何品かの前菜の皿が続いて、スープ、魚料理、肉料理と進むらしい。なるほど前菜の選択肢がなかったのは、そんな理由だ。
説明を聞いた僕は「もしかしたら・・・」と思いついたことがあった。それはコースの考え方のことだ。料理人の考える「料理のストーリー」ということかな。まぁ料理の世界にもトレンドがあって、若くて志の高いシェフたちは、そんなことにも敏感なのだ。
その想像は当たっていた。アミューズから順に、次々と小さくて独創的な前菜が5皿も続いた。さらにスープ、魚、肉、そしてデザート3皿、つまり合計12皿の料理が出てきたのだ。明らかに皿数が多いのだが、これも最近のトレンドのひとつといえる。もちろん、メイン料理はどれも旨かったし、最後のデザート3皿もそれぞれに工夫されていて見事だった。
古典的で重厚な料理ではなく、素材感があって、むしろシンプルなイメージかな。僕たちは肉料理を4種もらったから、結局15種類の料理とワインをを楽しんだことになる。前菜はどれも小さいのだが、それでも、もうお腹いっぱいだ。
コロナは、レストランから沢山のものを奪った。まぁ簡単に言えば、経営は成り立たず、営業を続けても赤字が増えるばかりだったはずだ。きっと大変な3年間だったと思う。だから店を使う僕は今日も「コロナだから、きっとダメかもなぁ」と思っていた。
でも違っていた。こんな田舎の地味な立地なのに、今日のコースに志を感じたし、見直した。本気で頑張っているんだと思った。だからねシェフ、次はワインの改善だよ笑。まぁ僕が辛口なのは変わらないが、頑張っている店は、やっぱり応援したくなる。
食事の終盤、ちょっと酔いの回った僕は、キッチンのシェフに声を掛け、美味しいよ、とサムズアップのサインを送った。彼はいつものように、うなずくだけで笑わないのだが、今日はやけにイケメンに見えた。
この店 voie-lactee2017.com
ちなみに、店名はヴォワ・ラクテと読む。フランス語で「天の川」のことらしい。