野鳥の森のスケートリンクで
冬の軽井沢散歩その6
今夜の食事は宿のメインダイニング、つまり和食を予約してあった。今回の旅(冬の軽井沢散歩)の最後の夜だから、外へ出ずに宿の施設でのんびり過ごすつもりだ。
この宿は、いわゆる「泊食分離」だ。日本旅館は1泊2食付きが一般的だから、ある意味でとても珍しい。宿のダイニングでの朝食や夕食を選択してもいいし、外に出る(地元のレストランで楽しむ)のもいい。ルームサービスという選択肢もある。
だから、どっちにしても夕食の予約は、部屋とは別に済ませる必要がある。まぁ面倒臭いが、せっかくの旅の食事だから迷うのも楽しい。
さらにこの宿には、チェックインの時の「おきまり」がある。それは「滞在の目的」が話題になることだ。例えば、誕生日は今月だよとか、結婚記念日だったよとか、うかつに答えてしまうと、施設側が「秘密のお祝いごと」をどんどん進めていくのだ笑。ちょっと嬉しくて、でも恥ずかしい仕掛けが始まってしまう。
ちょっとしたアンケートに〇をつけるだけなのだが、スタッフは見逃さずに、会話を広げ、希望を細かく聞き始める。施設側の利用履歴に僕たちの詳細があるようだから、ホントは知ってるのだろうが、その場で日本酒党だとかワインが好きとか、言おうものなら、夕食時に必ず祝い酒がでたり、ワインペアリングが提案されたりする笑。
当初の滞在では面白がって、そんなサプライズの対応を楽しんだのだが、さすがに今回は「特にないから」と、上手に辞退することにした。ドリンクについても「最近飲むのはウイスキーのソーダ割かなぁ」などと煙に巻くことにした。だから、夕食には何のサプライズも起きなかった。最近の僕はめっきり酒に弱くなったから、これでよしだ。
酒が控え目だから、今回は最後の土鍋ごはんまで、しっかり料理が楽しめた。酔ってしまうと味の記憶が途切れるのだが、使われた3種類の地物キノコの香りを、いまでも思い出すことができる笑。5年ぶりのここの夕食は格段に美味しくなった気がした。
そして食後の夜には、真冬の滞在ならではの楽しみが、ひとつ残っていた。それは「真冬のBAR」で旅の最後の1杯を楽しむことだった。
●料理の写真を何点か(タップして右へ)
この宿には隣接する大きな森がある。つい1~2時間前には、夕陽を浴びた森が、ゆっくり紅く染まっていく景色を、部屋のソファーで見つめていた。きれいで、少し神秘的に思えた。
そこは軽井沢野鳥の森という名前で、ネイチャーガイドと一緒に森を歩き、小さな野鳥を探したり、森にすむ動物たちの痕跡を見つけるツアーをやっている(これが楽しいのだ)。森の入り口には池があって、冬になると凍るから、スケートリンクとして営業される。
その池のほとりにレセプションの建物があるのだが、日中はネイチャーツアーの受付やスケート靴のレンタルをやっている場所だ。そして夜になると(当然誰もいないから)、ここがそのまま「真冬のBAR」に変身して営業するのだ。
いったん部屋に戻って、防寒の備えをして、歩いて向かうことにした。宿の正面玄関から200mくらいなのだが、森の夜道はホントに暗い笑。懐中電灯を借りればよかったと後悔しながら歩くと、急な階段があり、そこを上るとスケートリンクだ。
リンクは照明でそれなりに明るいのだが、建物の中はキャンドルだけの薄暗い営業だ。ダイニングのスタッフから連絡があったのか、若い男性スタッフが笑顔で迎え、部屋番号と名前を確認する。それにしても寒かった。僕たちは薪ストーブの真ん前の席に座ることにした。
おすすめはオリジナルのホットカクテルらしく、リストから甘めの2種類のそれを選んで注文した。出来上がるまで、よければ外のスケートリンクを「歩いて遊んで」ください、と笑顔で言ってくる笑。え~?っと驚いたのだが、それも面白そうだと外のリンクに出ることにした。
滑るかも、と恐る恐る足を進めるのだが、営業を終えたリンクは、意外なほどザラザラしてして、転ぶ心配はないようだ。氷の上をアチコチ歩き回って面白かった。とはいえ、めちゃ寒い(どうやら今夜も氷点下7℃らしい)。やっぱり薪ストーブの前のほうがいい笑。
誰もいないBARで、静かに燃える薪の炎を見ながら飲むカクテルは意外に旨い。冷えた身体には、温かくて甘いカクテルがよく似合う。
この若いスタッフは明らかに新人君で、所作もトークもおぼつかないのだが、最後になって「宿からのプレゼントです」と、1杯のホットカクテルを出してくれた。これは彼のオリジナルカクテルらしく、ベースはウイスキーだという。
そうか~と気付いた。どうやら、チェックインの時の情報は生きていて、最後の最後に、ウイスキーの小さなサプライズがあったことになる笑。
別のカップルが来店したことをきっかけに、僕たちは部屋に戻ることにした。ありがとう、ごちそうさま、と声を掛け外へ出てきた。暗い森の小径で、何気なく夜空を見上げたら、びっくりするほど星や星座がきれいだった。洒落た願いごとでもあれば良いのだが、もうそんな歳でもないようだ笑。
実は、新人君のサプライズのウイスキー(ホットカクテル)は、味はイマイチだった笑。まだまだ不慣れみたいだからしょうがない。でもこんな夜だから、僕たちにとっては、きっと忘れない1杯になる。
この宿のスタッフたちは、概ねみんな若くて、未熟であっても誰もが一所懸命考えて行動するのが特徴だ。ひときわ若い彼も、そんな小さな失敗を重ねながら、先輩たちに早く追いついてほしいなぁ、そんなことを思った。まぁ今夜の星にそう願うことにしようか。