たた食べたくて「歯形がついた天ぷら」
どんな蕎麦屋に入っても、席に着くと、無意識に同じ行動をとっている。それは僕の場合は、ほとんど条件反射といっていい。
メニューブックを手に取って、まず「あるはずの商品」を探す。鴨せいろ(つけ鴨)、天ぷら盛合せ、だし巻き玉子のみっつだ。あれば、そのままオーダーする。条件反射の代名詞はパブロフの犬かな、まぁ蕎麦と聞いて「よだれ」が出てくるわけではないが、反射的に注文するのは間違いない。
鴨せいろは、店によっては呼び名が違うのだが、熱々の鴨汁に冷たい蕎麦をつけて食べる、つまり「つけ蕎麦」のことだ。温麺の「鴨南蛮」とはやっぱり違う食べ物だぞ、とジジイは主張したい笑。
次の天ぷら盛合せだが、できれば「季節の野菜」の天ぷらが欲しいから、山菜のシーズンはことさら大事なメニューということになる。海老は入ってなくても構わないが、あればやっぱり嬉しいかな。
概ねこの二品はどこにもあるのだが、だし巻き玉子は、なかなかそうもいかない。そもそもやってない店が多いし、平日だけのメニューという場合もある。忙しい調理のピークタイムに、手を取られるメニューだから、美味しい蕎麦の出来に集中したいご主人にとっては、できれば避けたいメニューなのだと思う。
僕が思うに、蕎麦屋のだし巻きは妙に旨いのだ、だから無いとがっかりする。
一方、相方の家内は、まったく違う選択をする。彼女にも「つけとろ」という定番があるのだが、それに優先するのが「季節の蕎麦」というやつだ。冬になれば白子や牡蠣のそれが登場するから、もしメニューにあれば、そんな熱々の温蕎麦を選ぶ。この日は「牡蠣の卵とじあんかけ」という蕎麦を注文した。
こう書くと、誰もが「夫婦であってもやっぱり好みは違うよねぇ」などと思うのだろうが、食いしん坊の夫をもつ夫婦にとっては、実はそういうことではない。僕だって季節の蕎麦は食べたいし、家内も鴨せいろが好きなのは間違いない。
要するに、何を注文しても、それらを二人で仲良くシェアするだけなのだ。料理が運ばれてくると「〇〇のお客様は?」などと聞かれるから、あぁこっちね、と置いてもらうだけのことだ。
とはいえ、単品料理ならともかく、食べるのは蕎麦だから、取り皿や取り茶碗という訳にはいかない。互いの丼を何度か交換しながら食べることになる、つまりとても行儀悪い姿ということかな。さらにひどいのは天ぷらだ。種によっては箸で割れないものもある。だから食べてる途中の皿には、互いの歯形が付いた残り半分が並んでいたりする笑。
今日の蕎麦屋には、つけ鴨も天ぷら盛合せもあったのだが、だし巻きはやってなかった。だから、その代わりに「牛すじ煮込み」を注文することにした。普通の蕎麦屋ではなかなか見かけない一品だと思う。なぜか柚子胡椒で食べる独特のやつだった。
ちなみに鴨肉にはフランス鴨(ブランドは分からない)を使っているらしいし、天ぷら盛合せには、普通の種に加えて、ヤーコン、下仁田ネギ、芽キャベツなどが少量ずつ多彩に使われていて、とても面白かった。
僕が、そんな鴨肉をゆっくり味わったり、牛すじの柚子胡椒を試しているあいだに、家内は熱々の天ぷらを最優先に食べていた。だから僕にとっての今日の天ぷらは、小さな種がさらに半分になっていた。よく見れば、やっぱり歯形がついたやつもある笑。