にしん蕎麦ノスタルジー
店に着いたのは開店時刻の30分ほど前だった。平日だというのに、駐車場にはすでに車が何台も停まっていてちょっと驚いた。あわてて玄関先のウエイティングシートを確認すると、どうやら7組目だから大丈夫そうだ。なんとかギリギリ1回転目に入れると思う。
予定もなく、ぽっかり空いた火曜日の昼だった。そうだあの「茄子蕎麦」でも食べに行こうかと、この老夫婦はのんびりやってきてしまった。
ここは馴染みの蕎麦屋なのだが、食べに来るのは決まって週末だから、平日の様子はあんまり知らない。危なかったな、やっぱり人気店を舐めてはいけないのだ笑。
暑い7月末のこの日、テーブルには夏の短冊(おすすめメニュー)が2枚おいてあった。お目当ての「なすそば」の横に、珍しく「冷しにしんそば」が並んでいた。すだちと辛味大根で、というフレーズにちょっと引っかかって、思わず注文することにした。
もう長年通っている店だが、にしん蕎麦って、ここにあったかなぁ?、たぶんメニューは全て食べてきたと思うが、にしん蕎麦だけ思い出せなかった。
しばらくすると、夏野菜の天ぷらと好物のだし巻きが到着した。こんな蕎麦前のメニューを楽しみながら、出来立ての蕎麦を待つ。まぁ蕎麦好きの昭和人間らしい楽しみ方ってことだ。できれば軽く飲みたいが、今の時代はそうもいかない笑。
出てきた冷たいにしんそばは、とても美味しい夏の逸品だった。なによりニシンの甘露煮はサイズも大きくて絶品だった。脇役だと思った「すだちと辛味大根」が、実は夏のメニューへと変身させる原動力なのかもしれない。
大好きな茄子蕎麦もやっぱり旨いが、またひとつ夏の名物に出会ったってことかな。ごちそうさまでした。
ちなみに、ここの「にしんそば」は復活したメニューなのだそうだ。そもそも温蕎麦のひとつだったらしい。何年も前にメニューから消えたのだが、馴染み客の強い希望で、今回の夏メニューで復活したらしい。推したのはたぶん爺さん婆さんだと思う。好きだという若い人はたぶんいない。
柔らかく仕上げるから煮崩れしやすいとか、小さな小骨をていねいに抜くとか、とにかく手間がかかるし、少量しか作れないというのが理由だったらしい。そもそも今のニシンは幻の魚っぽい気もする。
僕たちシニアにとって、ニシンという魚もその料理も懐かしい。特ににしん蕎麦には特別なノスタルジーを感じる。京都発祥の蕎麦だと言われているから、僕にとっては京都の味、京都の文化ってことかな。初めて美味しいやつを食べたのも京都だ。
ニシンは北の魚だ。その昔ニシン漁で湧いた北海道で水揚げされ、乾燥品(身欠きにしん)として北前船で本州に流通したのだそうだ。山に囲まれた京都では貴重な素材として扱われたのかもね。
かけそばに身欠きにしんの甘露煮を乗せたスタイルは、庶民の味として京都で誕生し、その後全国に広がっていったのかな。温かい蕎麦のイメージだが、冷たいタイプも当時からあったそうだ。
たった1杯の蕎麦で、食べた日の京都の風景とか、小樽で訪ねたニシン御殿や北前船の航路などを思い出したりする。シニアってのは些細なことから遠い昔を思い返すのが得意だよなぁ笑。