ホテルの時間「水盤の向こうに」
もう一度、訪れたくなる宿は、そうそう多くはない。特に天候が悪かったり、今回のように移動のトラブルに巻き込まれると、テンションが下がって、旅の評価自体が悪くなりがちなのだが、この宿は違った。決して新しい施設ではないのだが、ロビーも客室も、館内のレストランやラウンジなどの空間に、独特の美意識が貫かれていて、施設や、スタッフのサービスに触れるうちに、非日常のゆとりを感じて、心から寛げるようなホテルだ。今回の旅が楽しかったのは、ひとえにこのホテルのおかげだと思う。
ホテルまでは山越えの道で、左右の狭い畑の中を細い道路が延々と続く。古いタクシーに揺られて、そんな田舎の光景を見ていた。新緑の山を抜けると、ようやく海に出る。瀬戸内の海は波もなく、とても静かだ。海沿いの道には建造中の巨大なタンカーが、鉄の塊のようにそびえていた。ホテルは海に近いと思っていたが、急な坂道をクネクネ登った、山の斜面にポツンと立っていた。笑顔で迎えてくれたフロント係は、若いイケメンで、所作がとてもスマートだった。フロントでの手続きの後、人なつこく僕たちの旅の予定を尋ねてくる。そして一生懸命、資料を集めてくれる。そんな彼の心地よい対応から、瀬戸内の旅とホテルでの滞在がスタートした。
エスコートに従って館内を歩き始めた。中央の広い通路を進むと、広いラウンジスペースに出る。その大きなガラス戸から出ると、外にはさらに広いウッドデッキが広がっている。デッキの中央には、まるでインフィニティープールを思わせる「水盤」が一直線に海に向かっている。水盤の先に見えるのは、瀬戸内の静かな海の絶景だ。小さな島々の緑と、ヨットが浮かぶマリーナ。それをまるで空撮のように眼下に見下ろす。軽い海風がとても気持ちいい、声にならない第一印象だった。左右のデッキには、堀座のような広いソファー席があって、風に吹かれながら、温かいカフェオレを横に置いて、ゆっくり瀬戸内の空気を感じていた。
レストランの夕食を楽しんだ後は、館内のスパへ向かった。スパには岩盤浴とヒノキ風呂、そして展望風呂がある。夜なのに眼下の島々のシルエットや山の稜線がはっきり分かる。夜風もアクセントで楽しい。21時になると、ロビーで「尾道ラーメン」を無料で提供する(笑)。たしかに尾道市内に行っても、どの店も大行列なので諦めていたから、ここで食べられるのは、とても嬉しい。小さなハーフサイズなのは、きっと尾道ラーメンが背油系だからだろうな(笑)。
翌朝、プールサイドのレストランで朝食をとった。通路にはレモンがたわわに実った木々が並び、横の畑では野菜やハーブがたくさん育っていた。昨夜も今朝も、僕たちが食べたサラダは、ここで栽培したものなのだと、スタッフが教えてくれた。山のケモノ道から下りてきたツナギ姿の女性スタッフに声をかけた。手に持っているのは、ヨモギだという。昨夜のデザートで食べたヨモギの水菓子の?、尋ねたところ、その通りだと彼女が笑顔で応えてくれた。地産地消をテーマにしている、とは聞いていたが、ここまでやるとはなぁ、ある種の感動を覚えた。このホテルは、自分たちが大事にすることを、地道に懸命に守り抜いているのだろう。
もう一度、訪れたくなる宿は、そうそう多くはない。滞在しているうちに、あれも、これもと、やり残したことや、忘れ物がたくさんあるような気になる。帰り道でそう考えていた。泊まるとわかるのだが、実は選択できるアクティビティーやオプションが、とても豊富にそろっていた。しかも、どれもが独創的で「ここでしか体験できない」ものばかりだ。
高級輸入車のカーシェアリング・・・?、無人島で自分たちだけのビーチ、そしてシェフ付きのBBQ・・・?、そんなこと、やりたいに決まってるよなぁ。いつかまた、忘れ物を取りに帰ろう、こんな気になる楽しいホテルだった。
今回の宿 bella-vista.jp