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2019年10月25日

舌の記憶「熟成肉はこうでなくちゃ」

世の中は熟成肉のブームだった。下火のように見えるが、今でも肉好きのあいだではピークの真っただ中にある。やれ赤身肉の塊り肉だ、TボーンだLボーンだと、うるさいが、本当に旨いのだから仕方ない。このブームの以前には、いわゆる「サシの入った霜降りの和牛」ブームもあった。A5だ、等級だと、やかましかった。その反動のように出てきた「赤身の熟成肉」は、ニューヨークスタイルのステーキ専門店の日本進出とともに、マスコミが殺到し、過熱していった。そのころ、卯辰山のステーキハウス「R」が増床され、新館の奥に、熟成肉を味わう専用スペース(グリル&バー)がオープンした。日ごろ牛肉を食べない僕ですら、食べに行くことにした。感動とまではいかなかったが、当時は「R」ですら熟成肉を頑張っていたのだ。

本物のニューヨークスタイルのステーキを、はじめて食べたのは、オアフ島の「Wルフギャング・ステーキハウス」だった。まだ日本でのブームの前のことだ。当時は「ニューヨークの名店のひとつ」として紹介されていた。味や旨さにも驚いたが、一番は、その提供スタイルだった。5~6人でオーダーした別々の部位のステーキが、巨大な皿に一度に盛り付けられてテーブルに出てくる。高温の専用オーブンから、いま出てきたばかりのように、ジリジリとしていて、テーブルの上で、濃厚な香りを発している。
そんな巨大なステーキの盛り合わせ(笑)を、さらに好きなサイズに切り分けて、みんなでシェアして食べるのだ。大胆というか、雑なようにも見えるのだが、全員がワシワシかぶりついて、焼きたてのステーキを頬張ることになる。表面がカリッとしていて、噛むと旨味にあふれていて、テンションが上がる。
その後、日本のライセンス企業が、このWルフギャングを国内にも何店か出店していたが、利用する機会はなかった。熟成肉はその後も、日本各地で「肉バル」と呼ばれるカジュアルな専門店や、高額のステーキ店でも扱うようになっていった。だから、結構あちこちへ出かけたが、あの時ほどのステーキには出会えていない。どこも、そこそこの味なのだが、食べるたびに、Wルフギャングの残像が蘇って「熟成肉はああでなくちゃ」と、ひとり言の毒を吐いていた。

つい先日、ついに丸の内のWルフギャングを訪れる機会があった。入り口に美人?の若いアテンド嬢が4人も並んで、利用客を迎え、席へ案内する。このあたりは本場さながらのスタイルだ。簡単に予約が取れたと思っていたのだが、店内はほぼ満席で、その熱気に驚いていた。聞けば客席は170席もある大型店だった。クラシックで重厚な内装と本格的なアメリカンスタイルの接客は、ハワイのそれと変わらない。
オーダーしたステーキは、プライムグレードT-BONEステーキ。Tの字の骨の両サイドに、ヒレとサーロインをまとった分厚い肉は、骨を除いても400gあるらしい。それを二人でシェアするスタイルだ。高温のグリルで皿ごと仕上げられ、アツアツで運ばれたステーキは、テーブルの上でもジリジリと独特のバターの香りを発散している。50gくらいにカットされたステーキを、ひとくち頬張ると、あのカリカリの歯ごたえと旨味が広がる。ああ「熟成肉はこうでなくちゃ」と叫びたくなる。

しかし残念なことに、当時のようにペロリと食べれる胃袋の体力は、今の僕にはないことを自覚した。途中から食べる速度がガクンと落ちる(笑)。ひとくち目の感動がどんどん薄れていく。最後の一切れを残すという失態を演じて、店を出ることになった。まるで1年分の牛肉を一度に食べた気分だった。さっそく次回のリターンマッチの作戦を立てなければならないな。
Wルフギャングステーキハウス wolfgangssteakhouse.jp

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