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2019年11月29日

BARの夜話「忘れ物の行方」

昨年の暮れに大喧嘩した。席を立って帰る彼の背を見つめながら「しまった、やっちまった」と即座に反省していた。先に不機嫌になったのは僕の方だ。いまさら原因がどうのこうのと言っても仕方ない。エスカレートしたやり取りは、もう後戻りできなくなっていた。飲み会が終わり、冷静になった帰り道で、すまなかった、とメールを入れた。彼は彼で、夜道を歩いて頭を冷やしていた、と返信をくれた。これで、この悪友との仲直りができたかどうかは不明だ、その日の忘れ物になっている。

そんな彼と、半年ぶりに片町での飲み会に同席した。地酒とワインを1本ずつ空けたから、それなりの量を飲んだことになる。そして、どちらともなく、もう一軒行こうか、という話になった。訪ねた店は、彼のホームグランドの、一軒のBARだった。土曜日の片町は、こんな遅い時刻にもかかわらず、それなりに人が出ていた、このBARも忙しかった。しかも若い女性ばかりだ。暗くてよく分からないが、みんなロングカクテルを手におしゃべりしているようだ。オーナー?バーテンダー?のマスターが一人で対応しているのだが、若い女性たちの店だから、きっとリーズナブルなんだろう。

彼が、店のマスターと話をすすめると、カウンターに2本のウイスキーが出された。ラフロイグとカリラだった。いきなりシングルモルトかよ、と一瞬嘆いたが、彼の仕切りなので仕方がない。カリラを選んだ。飲み方など聞かれることなく、テイスティンググラスが出てきた。いきなりテイスティングしろってか?。なるほど、ラベルを見て理由はわかった。1990年と1982年と書いてある。だから仕方なく、ノージングすることにした。さらに小さなグラスに水が出てきたから、少しだけ水を垂らして香りを利こう。酔った僕の手元が狂って、少量のはずの水が、けっこう入っちゃった(笑)。あやうく水割りにするところだった。1杯目を勢いで空けてしまった彼を尻目に、僕はこの1杯をゆっくり楽しんでいた。だがオフィシャルとボトラーズの違いが、飲んだだけで分かるわけではない。できれば話を聞いて耳でも楽しみたいところだ。

無言で見守るマスターは、棚の中をゴソゴソし始めて、さらに一本のウイスキーを出してきた。ラベルをこちらに向け、マスターはここから雄弁になった。ラベルにはクラシックカー、40周年、29年物、スペイサイド、などと書いてある。そしてラベルの謎解きを始めた。クラシックカーはロールスロイスなのだそうだ。スペイサイドのシングルモルトのロールスロイス、つまり、これはマッカランの29年物で、あるボトラーズの40周年記念の商品、ということだった。思わず僕は拍手を贈った(笑)。BARはこれが楽しい。確かに謎のシングルモルトは抜群に旨かった。当然のことだが、割り勘の会計は、恐ろしい値段になった。しかし今夜は楽しい思い出になったのは間違いない。

代行運転を捕まえての帰り道、酔った彼が、自分のカバンをガサガサし始めた。スマホをBARに忘れたてきたと言う。代行を大通りに停め僕はクルマに待機した。彼は走ってBARに戻ったが見つからず、今度は駐車場まで歩いて探しに行ってくる、と逆方向へ歩ていった。10分ほどして彼は肩を落として戻ってきた。でも謎は簡単な結末だった。結局、そのスマホは、彼のカバンの中に眠っていただけだった。最初に探したときに見落としただけだ(笑)。面倒をかけてすまない、と彼は言うのだが、結果オーライだ、と二人で笑っていた。どうやらこれで、ふたつの忘れ物は、無事に元に戻ってきたようだ。

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