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2020年02月07日

本の時間「感傷の街角」

最後の20ページくらいを一気に読んだ。大好きなO沢在昌の新作を読み終えたところだ。新作とは言っても数年前に出版され、文庫本として店頭に並んだのが最近だっただけだ。正確に言えば、僕にとっての新作に過ぎない(笑)。「魔女の封印」というタイトルで、同じ主人公の物語の3作目だから、そろそろシリーズといっても良いのかもしれない。彼の作品は久しぶりだったのだが、冒頭から面白く、どんどん引き込まれていく。「筆力」という言葉があるのなら、まちがいなく抜きんでていると思う。
売れない初版作家と言われ続けた期間が長かったそうだが、代表作の「新宿鮫(しんじゅくざめ)」が大ヒットし、注目を浴びるとともに、様々なジャンルの作品を世に送り出している。彼の特徴を表現するのは難しいのだが、主人公はもとより、作品の登場人物の「個性」の設定と表現が巧みなことだと思う。

個性といっても表面上のものではなく、過去の傷や、背負った業(ごう)や、未来に向けてのニヒリズムみたいなものかもしれない。この個性、つまり登場人物の「人格」が際立っていて、そのセリフも行動様式も、その人格という源泉から、当たり前のように吐き出される。
個性は、人物だけでなく、舞台となる「街」にもあると思わせる。新宿には新宿の、六本木には六本木の匂いが充満する。そんな毒々しい人間の悲哀を、独特のコミカルな要素を交えて、楽しいエンターテイメントに仕立てていく、そんな作家だと思う。まあ、考えてみれば面倒くさいのだが、僕にとっては物凄く楽しい。
登場人物の個性が際立つから、各作品がどんどんシリーズ化していくのだろうと、勝手に想像している。読者は、彼の作品の中に引き込まれ、登場人物と同じ目線で作品を読んでいくような感覚に陥る。彼の筆力のなせる業だ。

その昔、彼の作品にハマっていくきっかけになったのは「感傷の街角」という本だった。後に佐久間公シリーズと呼ばれる失踪人調査を専門にする主人公を描いた一種の探偵ものだ。何より僕が共感してしまったのは、主人公の年齢なのだと思う。当時の僕たちと同世代だったからだ。大きくはハードボイルド調なのだが、主人公の彼は肉体的には弱くて、悪をバッタバッタと倒すことなどできない(笑)。むしろ青春小説の主人公のように青くて甘い。セリフ回しは軽妙でスマート、だから毒々しさもなく、等身大の主人公だったのだと思う。そんな僕たちと同じような若者が、周囲を巻き込みながらストーリーが展開していく。
シリーズの出版のたびに主人公の年齢があがり、いつも僕たちと同世代の世の中に生きている。彼の目線は、読む僕たちと同じ目線だと勘違いしていく。だから中年の佐久間公が、今のところ最後の姿だ。まあ老人の彼を見たいわけではないな(笑)。注目を浴びた新宿鮫などの他の作品とは大きく異なっていたことも、僕が好きになった理由かもしれない。もう思い出せないのだが、彼のセリフは味があって、どこかでマネしていたような気がする(笑)。

彼の作品には、設定があり得ないものや、SF的なものもあるのだが、どれもスケールの大きなエンターテイメントなので、その世界に一種のリアリティーを感じて引き込まれる。読み終わった新作「魔女の封印」も、どちらかといえば非現実的なジャンルだ。でも楽しい。彼の描く女性は、いつも強くて、生き方が潔い。魔女という単語の響きには、とても多彩で複雑なイメージが広がる。平たく言えば、ものすごく興味を惹かれる(笑)。

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