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2021年03月26日

離島気分で島めし

東京へはしばらく行っていない。前回行ったのはコロナ前の年末だったのだが、もう何年も行っていないように錯覚する。今回の編集後記は、東京ネタだが、そんなちょっとした昔の思い出話だ。このところ、金沢にも富山にも、ホテルや新しい商業施設、今までなかった新しいタイプの店が次々に誕生している。そんな店を見たり使ったりしながら思い出した、ある日のおっさん旅のひとコマを書いてみたい。

治療が終わったんで、酒はバンバン飲めますよ。と仕事仲間のおっさんは楽しそうに笑っていた。この日は、病み上がりの彼(デザイナー)と二人の仕事旅だ。しかし彼は誤解している。僕は視察のたびに酒を飲んでるわけじゃぁない(笑)。しかも、退院直後のキミと飲むはずがない。そもそもキミは高脂血症?のはずで、過度の飲食は、医者に止められているはずだ。治療入院もそのためだろう、そう突っ込む僕の言葉を遮るように、彼は一軒のショップ(居酒屋のようにも見える)の店頭の案内板を見入っていた。もう昼だからおなかが空いているのだ(笑)。
有能なショップデザイナーの彼が強く惹かれたこの店は「離島キッチン」という店名だ。まぁ、彼のことだから「店名」に惹かれてしまったんだと思う。間違いなく「離島」というコトバに引っかかったのだ。僕の狙い通りだった。

もう何年も前から「島めし」というコトバがある。あちこちで使われているから、明瞭な定義があるわけではない。そもそもは、石垣島をはじめとした八重山諸島や宮古島あたりを旅する若者たちが、海遊びの後に通う、海の近くの「地元の食堂」で提供される独特の料理や酒や、そんな食事スタイルのことだ、と思えばいいと思う。都会的で現代的な生活に飽きた若者たちにとって、島の暮らしは、まさに正反対だ。だから、地方色があって素朴でルーズで、でも、そこに変わらぬ摂理や暮らす住民の日常があって、少し神秘的で、何よりロハスでスローな感じだろうか。ややこしいが、まぁそんな感じだ。
日本中に「離島」があるから、八重山だけでなく、その後は、対馬や五島、奄美や屋久島、瀬戸内、八丈島、利尻や礼文まで、そこを訪ねる「離島ブーム」のような現象へと広がっていった。実は僕個人としては、大好きで、とても興味深い。とはいえ、ニッチなコンセプトなのは間違いない。便利で情報過多の現代にあっては、アンチテーゼのようなものだ。大多数にとってはニッチでも、業界人の彼のアンテナには「ビビビ」ときたようだ。同じ感触をもってくれて少し嬉しい気もする。

僕は、この店の存在だけは知っていた。日本橋の新しい商業ゾーンに誕生した店だ。訪ねてみたかったから、直前に公式サイトをチラチラ調べてあった。公式サイトのメニューを見ると、日本酒は佐渡島とか壱岐島など「島の日本酒」10種類くらい、焼酎は、芋麦黒糖とあって、それぞれ10種類くらいで全て離島の焼酎ばかりだ。サワーは柚子やレモンなど、これも島の果物で、ソフトドリンクも全国の離島のジュースが並ぶ。食べ物には八丈島のムロアジ、淡路島のタコ、壱岐の岩ガキ、利尻のホッケなどなど、離島の海の幸が並んでいる。これは、もの凄く旨そうで、そそられる(笑)。
そしてテンション高く、店に入ると、なぜかそこは物販スペースで、陳列棚には、全国各地の離島の名産品のような食材の瓶詰や缶詰、袋詰めが、陳列されていた。まるで「島の産物」の展示会のようだ。さらに、その物販スペースの中央には、会議テーブルを並べて、その上に、チープな料理が並んでいる。まるで瓶詰缶詰袋詰の中身が、皿や丼に入って並べられた感じに見える。野菜料理や味噌汁の鍋もある。まるでビュッフェだ。なるほど、酒のつまみをセルフで取るのか、面白い居酒屋だ。病み上がりの彼には悪いが、これは昼酒の始まりだな。シゴトではあるが、そんな体験は大事だ、と理由をこじつけた(笑)。

と、テンションが高かったのは、そこまでだった。公式サイトで見たメニューは、酒も料理も「夜営業」のもので、いま、つまり「昼営業」は、この目に前にある会議テーブル、いや皿や丼に入った、まるで瓶詰缶詰(失礼)と野菜の「ランチビュッフェ」だけ、なのだそうだ。これ以外のメニューは食べられない(笑)。一気にテンションが下がってしまった。
店のコンセプトは素晴らしいが、視察は明らかに失敗だ。まぁそんなことはしばしばある。仕方なく食事してみたのだが「離島」や「島めし」を楽しむには、やはり夜じゃないとだめなのは間違いない。とはいえ、女性客に囲まれながら、場違いな2人のおっさんは「島めし」のハナシや「離島ブーム」のことを話し合った。彼は、今度は二人で離島へ行こう、と熱心に誘ってくる(笑)。おそらく彼の思考からすれば、沖縄や石垣のことを言っているはずだ。でも、僕が行きたいのは、むしろ真逆の利尻や礼文の方なので、なかなか話が合わない。このおっさんとは仲はいいが、意見が揃うことは少ない(笑)。
日本中の地方都市が東京化していく。都市化すればするほど、必要なものは容易に手に入るようになる。しかも「情報」には地域格差はないから、その気になれば欲しい「もの」を買うことも容易だ。一方で、都市化することで「欲しいのに手に入らないこと」も多くなる。大事なのは、後者の方だと思うんだけどなぁ。
離島キッチン ritokitchen.com

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